第3章

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「どこにいる?」  もしもしという電話の挨拶も名乗りもない。声と態度で自分を知らしめている。いつもこんな調子なので気にもしないが。 「職場。なに? 麻雀?」 「いや。昨日、寝たふりしていたのが気になって。それで様子伺いだ」 「……は?」  自分の耳が腐ったのかと思った。  もっとも人の機敏な変化を察するというのは伴の得意とするところだ。麻雀でも人の顔色を窺ってツモった牌でテンパイまであと何歩か察するほどだ。  そんな伴が麻生の僅かな変化に気づかないわけがないが、それに対して行動するのは彼らしくない。彼の気持ちは新しく興味を惹いているあの香水の女性へ行っているはずだ。麻生の変化は彼にとって好都合のはず。ほっとくのが普通だ。  ――あ、あれか。俺とつき合ってたことを職場にバラすぞって俺が脅すかもしんないとか考えてんな?  それなら納得もできる。職業柄、自分の不利になるような要因は排除しておきたいのだろう。  ――でも……。それなら俺に落とされるなって話だよな。  ダブル役牌になる東を一枚、重なるまで取っておいて、終盤に他者からリーチがかかり、ション牌のそれを出せなくなるような、そんな麻雀を伴がするとは思えない。 「……今日は気持ち悪いやつばっかりだ」  加地といい、この見慣れぬ態度の伴といい、気持ち悪くてしょうがない。もっとも加地は彼の人となりが気持ち悪いだけだ。あれはもう少し麻生を考えた行動をしてくれれば問題はない。  問題はやはり伴だろう。本来ならしっくり合うはずの伴が、こうしてずれているのは気持ち悪くてしょうがない。 「失礼なやつだな」 「そっちこそ慣れないことすんじゃねーよ。なんだよ、様子伺いって」 「別に。俺が忙しい間に何してんのかと」 「仕事だよ、仕事。千年が興味ない考古のこと、たっぷり語ってやろうか?」 「……遠慮します」  お互いの仕事内容に興味はない。伴の自動車に関しての薀蓄など聞きたくもない。それは伴も同じだろうから脅し文句に使っても、実際そんなことはしない。そもそも興味のない人間にそんな話をすることほど、つまらないことはなかった。
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