第3章

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 伴も同じ考えだ。麻生に車関係の話をしてくることも、仕事自体の話をすることはなかった。麻生が興味を持たないだろうという話をするのは無駄だとわかっている。  この距離感がいい。伴は決して麻生になにかを押し付けてくることはなく、また麻生も同じだ。 「今日も遅くなる。弥彦、寝てる?」 「多分ね。千年の午前様につき合うほど暇じゃねーし」 「最近、麻雀は?」 「仕事が忙しいんだってば。さっさと埴輪、作んないとなんないし……」 「……恋人が埴輪作ってますってどっかに自慢してみたくなるな、それ」 「な……っ!」  はっきりと伴に恋人と言われ、不覚にも頬が真っ赤になってしまう。 「久々にお前と麻雀してーな。あの派手な麻雀見て、スカっとしたい」 「……俺と卓を囲むやつでスカっとしたいって言うやつ、お前だけだよ」 「俺は負けないからな、弥彦の麻雀に」  くすくすと笑い声が聞こえた。耳に当たりのいい笑いだ。  伴の声は低く、落ち着いている。少し濡れたような声がこの小雨降る梅雨によく似合っていた。暑がりで汗っかきで、手は年中しっとりと湿っている。声ひとつで麻生の好きな伴が感触で蘇った。 「……今度こそ返り討ちにしてやる」 「楽しみにしてるよ」  伴が電話を切る。引き時を十分わかっているタイミングだ。  ――くそ……。  伴がなにを考えて電話をかけてきたのかまったくわからないが、おそらく彼の望む効果はあったはずだ。麻生はやはり伴を素直に女へ引き渡すのが惜しくなってくる。  できることなら彼を引き留めるために行動したい。しかし男の麻生がどうやって伴を引き留めればいいのかわからなかった。見当違いのことをすればきっと気持ち悪く思われるはずだ。  それにもともと伴の性嗜好はノーマルだ。物心ついた時から男にしか目がいかなかったため、麻生は一度もしたことはないが、普通の男なら嫁と子供のいる生活を未来に思い描いているそうだ。伴もそうだろう。そんな未来を麻生が潰すつもりもない。
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