第3章

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 名残惜しく携帯電話を見つめていると、職場のインターフォンが鳴った。加地が到着したようだ。急いで戸締りをし、玄関前に備え付けである姿見で格好を確認し、靴をしっかり履いて玄関の扉を開けた。 「……お茶の一杯でも……って思ってたのに」  小綺麗で流行りの若者の格好をした加地がいた。昼間のTシャツにタンガリーシャツを羽織ったジーンズ姿とは違う。 「……わざわざ着替えたのかよ」 「弥彦さんにかっこいいところ見てほしくて」 「……だからぜってぇこの時間、お前をここに上げる気がなかったんだよ、ばーか」  玄関に突っ立っている加地を押しのけて外に出る。それから扉の鍵をかけ、通りに停まっている車を見た。  てっきりいまどき主流のコンパクトカーで来るのかと思いきや、確かにサイズはコンパクトカーと同じだが、あまりファミリー向けではないスポーツタイプのものだった。家の車を借りてきたとは思えない。 「……親の?」  だとしたらその親のセンスは嫌いではない。 「俺の。二十歳の時のお祝いで。安いよ、これ」 「お坊ちゃんかよ」  子供にぽんと車を買い与えることができる親とは凄い。ありえないが麻生が所帯を持ったところで、そんな親になる自信はまったくない。 「この辺の土地持ちなんだよ、俺の親。土地成金というほどでもないけどね。さ、乗った乗った」 「へぇ。俺、地方から出てきてるから、都内に少しでも土地持ってるとすげぇって思うけど」 「どこ?」 「新潟」  答えながら助手席の乗る。やはりその辺のコンパクトカーに比べれば、シートはどこか躰にフィットした感じがした。  麻生は小さな漁村出身だ。この見かけでまったく想像つかないらしいが、漁村出身者ならではの気性の荒さは遺伝子レベルで持ち合わせている。もっともすぐさま手を出すような形では出現していないが。  ――そういえば……。千年も都内出身だよな。  彼は麻生の職場がある多摩地区の都内ではなく、二十三区出身だ。しかし親の脛を齧ることなく自力でマンションなど買っているため、あまり都内出身という感じがしない。いや、都内の道など精通しているのは出身者の証かもしれなかった。だが彼の職業上と言うほうがしっくりくるが。
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