第1章

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 気持ちを振り切るように麻生はコンビニの少し冷えたおでんを食べ、暖かい風呂を立ててゆっくり入り、身体のメンテナンスをする。  どんなに気持ちが荒んでも、身綺麗にしていれば機会はあるものだ。もともと容姿はいい。均整が取れた和風の美しさを持って生まれた。  体格も成人男性の平均値で手足は長いほうだ。がりがりでもなく太ってもいない。適度に筋肉がついている。  それでも持って生まれた性別は男なので、メンテナンスをしないとすぐに小汚くなった。おとなしそうな外見にムダ毛は似合わない。  もっとも体毛が薄いというのも自力でメンテナンスをする気になることだった。これが真逆なら確実にプロのお世話になる。  こざっぱりとしてから寝巻に着替え、職場から持ってきた本を手に、寝室へ行った。深い森色のシーツで彩られたダブルベッドが麻生を迎えてくれる。  ――今さらだよなぁ……。  このベッドを買ったのは家主の伴だ。麻生とセックスするのにそれまで伴が使っていたシングルベットでは不都合だからだそうだ。  麻生がこのベッドで一人寝をすることは、入手当時からよくあることだった。残業が多い仕事で、多趣味な伴が定時に帰宅することなどない。  だがここ最近はこのベッドの広さが鼻についた。だから麻生もできるだけ帰宅を遅くしていたが、今日は職場の所長から素敵な本を借りたので素直に帰宅した。  こういう時はダブルベッドを占領できることを素直に喜べた。ベッドに身を投げて本を開く。そこには麻生の大好きな世界が広がっていた。とある縄文遺跡の報告書だ。  ――所長、人脈広いよなぁ……。  報告書に再販はあまりない。一度入手し損ねるとあとは古本屋を頼るしかない。そんな貴重な報告書を所長が知人から借り受けてくれた。  一人寝の寂しさも、伴のことも、そして時間さえ忘れて報告書に没頭する。必要なところには付箋をつけ、職場にある資料で確認するつもりだ。  そんな麻生が時間を思い出したのは玄関から音が聞こえたためだ。遅い帰宅を遠慮などすることのない、豪快な音だ。  扉を閉める音、革靴を脱ぐ音に、麻生はサイドボードの電気を消して寝る。こんなことを予測して、部屋の電気を点けていなかった。
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