第1章

4/6
39人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ
 玄関から直接、家主が入ってきた。 「なんだ。もう寝てるのか」  低音の腰に響く声だ。この落ち着いた声同様、彼の姿は大きく、逞しい。百八十五オーバーの長身に、実用的な筋肉がついた大柄な体格、そして自信に溢れた精悍な顔立ち。決して弱音など見せないその姿が、声ひとつで麻生の脳裏に浮かぶ。  その伴の声に残念な気持ちが込められていた。聞き間違いではない。何度か聞いた覚えのある声色だ。  身体を動かしたくなる。たった今、寝たところだと言いたくなる。  しかし伴から香る酒がじわじわと寝室を侵していくと、身体が凍った。  スーツを脱いでTシャツとハーフパンツに着替えた伴がそのままベッドに入ってくる。ずしりとした重みが麻生の寝る反対側にかかった。それと同時に酒とともに清廉としたイメージの香水が麻生の鼻を擽る。  ――いつもこの匂いだよな……。  香りの先に清潔でおとなしいタイプの女性が浮かんだ。和服が似合いそうな美人だ。伴が気に入っても当然だと納得できる女性。  伴は先に寝る麻生を起こすような真似は決してしない。互いに社会人が長い。麻生は二十七、社会人歴五年。伴は三十五、社会人歴は十年以上か。翌日に響くような行動をするほど幼くはなかった。  だが今日は麻生の狸寝入りを知っているかのように、伴側に背を向けて眠る麻生の顔を覗き込んでくる。  ――な……なになになにーっ?  いつも麻生が眠っている時、こんなことを伴はしていたのだろうか。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!