第1章

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「今日はずいぶん綺麗に寝ているもんだな。いつもは口を開けてだらしなく涎垂らしてんのに」 「え? マジ? 俺、そんな醜く寝てんのかっ!」  忌々しき問題に麻生は狸寝入りを忘れて思わず振り返って伴を見た。クスクスと伴は楽しそうに笑っている。酔って機嫌がいいというよりも、まんまと麻生が引っかかったせいだ。 「寝たふりすることねーだろ」 「うつらうつらしてたんだよ。だから面倒くさくて」 「ふーん……」  麻生側にあるベッドサイドにある照明に伴が手を伸ばす。麻生の身体を下敷きにしても気にしない。 「……重い」 「うつらうつらねぇ……」  身体を離して照明に触れた手を伴がじっと見つめる。この男に安易な誤魔化しは無意味だ。 「……本当に俺、みっともない格好で寝てる?」  伴に寝たふりを謝るいわれはない。伴自身もそれで麻生を咎めるつもりがない様子なので、麻生は逆に尋ねた。伴は「どうだろうな」とはぐらかす。  ――本当にアホ面して寝ていたら、今までの男連中、全員引いてるよな、うん。だから千年の嘘だね、絶対。  確信はできないが、そう信じるしかない。伴が本当のことを言う気にならなければ、麻生が真実を知るすべはなかった。  麻生はゲイだ。今までずっと男としかつき合ったことはない。しかも相手の男はかならずノンケだ。伴もノンケで、彼にとって初めて男とつき合ったのが麻生だった。そしてきっと彼にとって最後の男だろう。  麻生の外見が伴の好みである和風美人系だったことが、彼を麻生が落とせた勝因だった。一年ほど前に知り合い、この伴所有のマンションに転がり込み、落とした。いつものようにノンケ男に魔法をかけて落としたわけだが、いつものようにその魔法が解けかかっている。  そんなものだ。ノンケ男と一生添い遂げることなどありえない。魔法はいつか冷め、麻生を通り過ぎて、よくある日常へと戻っていく。妻と子供に囲まれた、麻生が絶対手に入れることのできない日常だ。  それを止める気はない。一時でも麻生の魔法にかかってくれただけでありがたいという話だ。
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