第2章

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 三時少し前から二階がうるさかった。大学生のアルバイトたちが口より手を動かして世間話に花を咲かせているためだ。 「麻生君、ちょっと見てきたほうがいいんじゃない?」 「あれじゃ絶対仕事してないわよ」  パートの四十代主婦二人が、居間の大きな事務机の上で土器を復元しながら麻生を見やった。彼女たちが心配するのも納得できる。本当にうるさい。 「毎度のことですけどね、大学生がうるさいのって──ああ、今日、新しい子が来てるんだっけ」  麻生はダイニングで埴輪のレプリカを製作している手を休めた。今日もじっとりとした湿気のおかげで気分はよくない。いくらエアコンで除湿しても、外のどんよりとした天気が、空気中に水分が多いことを如実に物語っている。  そしてその天候のせいか製作がはかどらなかった。今月中に仕上げて発送しなくてはならないのに、今だシリコン樹脂を流し込む外枠が出来上がっていない。樹脂の乾く時間にそこから石膏を流し入れて、本体を作り上げる時間を考えると、今日中に枠だけは完成させなくてはならなかった。 「仕方がない、ちょっと注意してきますか」  様々なレプリカ作りの際に絵の具で汚れた白衣を脱いで、麻生は身を起こす。 「ミイラ取りがミイラになっちゃだめよ」  一人に注意され、それに笑って否定してからリビングダイニングをあとにする。年が近いのということで、麻生が二階の集団に溶け込むとでも思っているのだろう。しかし二十そこそこの集団と二十七の麻生では世代が違う。話題も合うことがなければ、仕事中なのに騒がしい彼らと気持ちを共有することなどできない。  麻生の勤める考古学研究所は普通の民家を借りている。周囲は普通に家庭を営む家が集まった高級住宅街だ。賑やかにすれば当然近所から文句が来る。大学生のアルバイトのことではよく近所からお叱りを受けていた。  ここの所員は麻生だけだ。所長と麻生だけが正社員でほかはパートの主婦二人と、考古学を専攻している大学生のアルバイトがいる。主婦は手先の器用さを生かして土器の復元を、大学生は知識を生かして土器片のトレースを頼んでいた。
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