第1章 蒼くん

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狭いお店を人が行き交う。 ここは店内が見渡せる奥の席だから、余計に人の流れが目に入る。 そうして 気持ちを泳がせて 目の前に起こっている 事実から無意識に 逃げようとしてる。 薄暗いオレンジライトの店内は、人の顔も雰囲気に合うように誤魔化してくれる。 そのせいで、私の向かいに座る彼が、さらに深刻そうに見える。 蒼(あお)クン。 柔らかくて薄茶色の髪がすき。するって指がとおるの。 笑うときりっとした目元がふにゃって細くなって柔らかくなるからすき。愛しそうに見つめられてる気がするから。 厚すぎず薄すぎない唇はちょうど良い弾力と冷たさで、特にすき。何度も啄みたくなる。 おねだりしすぎて、1日5回までって決められたっけ。 体は細いのに大きくて骨ばった手がとてもすき。撫でられると肌が喜ぶの。 逞しい腕はもっとすき。抱き締められたら何も考えられなくなる。 数え上げたらきりがないほど、すきの要素を詰め込んだ彼。 この人がいなくなったら、もう こんなに のめり込めることはない位、私にとっては奇跡の人。 (なのに) 「…もも」 (なのに) 「これだけは聞いて欲しい」 (それ なのに) 「俺にとってのももは、凄く大事で大切な人なんだ。だから、今は一緒にいられない。」 「…」 (今は 一緒に いられない だって) ふ。 「? もも?」 (くだらない) 本気でそう思った私の口は無意識に右上がりになっていたらしい。 「ううん。なんでもない。 夢だったらいいな とかおもって。」 「もも。……ごめんっ」 テーブルに力なく乗せていた私の右手に大好きの蒼クンの左手が被さる。 「傷つけるのは解ってる。ももが一番辛いのも。でも、今ちゃんと自分のことをしてないと後で後悔するって思ったら。 本当に俺の勝手でごめん。」 綺麗な顔が辛そうに眉間に皺を刻む。 「蒼クン」 (ねぇ、どうしても なの) 今まで蒼クンが私に不満を言ったことがなくて。 私も言ったことない。 (もう それは変わらない決意なの?) だから、上手く行ってると思って安心して、身も心も委ねてた。
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