第1章 蒼くん

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ぐっと、喉が詰まって、痛くて、自分が泣きそうになってると認識する。 (やりたいこと。 蒼クンのやりたいこと。) 何度も聞いた言葉が頭をくるくる回って納得しろとばかりに響いてうるさい。 『もも。俺、パイロットになりたいんだ。』 『勉強と試験ばかりで時間がとれない。仕事も辞めるから、遊びにも行けない。』 『今までとは全く違う生活で、正直、ももと会うとき余裕がないと思う。』 『だから、』 (送り出さなきゃ) (笑って送り出して) (戻って来て貰えるように) (良い印象で終わらなきゃ) 振り絞った力で「うん」と言おうとした ちょうどのタイミング。 『ブブッ』 気を使って音を消してくれてたんだろう。蒼クンの携帯が震えたのが解って、言葉は喉にとどまった。 『ブブッ』『ブブッ』『ブブッ』 一定の間隔で震える音がメールじゃないことを告げる。 「いいよ。出て。その間に私も少し落ち着く。」 「………うん。」 嫌な直感。 女の勘は嫌な事ほどよく当たる。 だって、蒼クンがお揃いのiPhoneの画面を見て一瞬、目を細めた後困った顔した。 「はい。…うん、今外。食事中です。なにかありました?」 電話越しの声は聞こえないけど、相手は女性で、きっと、蒼クンの同僚でひとつ年上の人。 とても綺麗で女性らしい、仕事も真面目に取り組みすぎる人だと、蒼クンが以前酔ったときに、つぶやくように褒めてた人。 その時に 私はいつか蒼クンを この人に持って行かれると 確信していた。 会ったこともないけど 顔も知らないけど すぐに、そう思った。 今がまさにその直感が正しかったと証明してくれてる。 蒼クンはやりたいことがある。と、 それには時間を割かれてしまうし、 余裕もない、 私との時間も作れない。 だからこの関係を終わりにしたい。と。 はっきり言ってる。 今、電話で話してる人とは、これからも良い関係で、蒼クンが試験で大変なときも連絡してよくて、それで困らせる事もなくて。 無事にパイロットになった暁にはその報告もすぐに貰えて、晴れて収入を得られたら、ご飯や飲みにも当たり前に誘う事が許されてる。 私にされて困ることを 全て許されてる、その人。 勝てる訳ない。
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