第1章 蒼くん

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「ん。」 「ありがと。」 口直しのガムをもらってお店を出る。 煉瓦づくりの階段を降りて、駅まで歩く。 並ぶ2人の間に、無意識に隙間が空いて、無言が居心地を悪くする。 それでも、ゆっくり歩いて時間稼ぎしたいなんて思う私は、愚かなんだろうか。 もう彼の頭の中は、次なる事に向いているというのに。 駅についてお互いの電車の時間を確認する。 私の方が幾分早い。 くるりと向き合って、なるべく明るく言う。 「じゃあ、蒼クン。」 「……うん 「げ、元気でね」 「ももこそ。風邪引きやすいから気をつけて」 「っ…うん 」 優しい声色に何度もすがりつきたくなる。 衝動を隠すように慌ててPASMOを探す私を蒼クンが見守ってる。 「もも」 「ん?」 「…もし、」 「え?」 「……いや 受かったら、報告する」 「……うん…その時は、お祝いさせてね!」 「うん、ありがとな」 「ほんとに、応援してる… 頑張って。」 「うん」 「じゃあ、行くね!」 PASMOを持った右手を上げて軽く振る。 蒼クンも軽く、左手を上げて微笑む。 「報告、待ってる。」 「うん。必ずする。帰り道気をつけてな。」 「うん。じゃあ…… バイバイ。」 「…バイバイ。」 痛む胸を抑えつけて笑顔を作る。 今すぐうずくまって、どうしようもない現実を嘆きたい。 改札を抜けて蒼クンから見えなくなる所まで来て、足を止める。 突然ガクガクと足が震えだして力が抜ける。咄嗟に、手すりに捕まる。 襲ってくる喪失感。 歩かなきゃ。 歩かなきゃ。 家に帰らなきゃ。 それで着替えて、 メイク落として、 歯を磨いて、 お風呂に入って、 寝て、 起きて、ちゃんと仕事に行くんだ。 もう、蒼クンを取り戻す計画は始まってるんだから。 念入りに、 慎重に、 今度こそ 失敗しないように。 他の女に取られたままでいたくない。 絶対に、そんな事許さない。 私の人生を賭けて、この事実を覆してみせる。 大きく息を吸い込んで 下腹から力をこめて足を踏み締める。 ホームに向かう人混みで、私だけが色濃く浮きだってる気がした。 end
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