第1章 産まれる産まれる

2/4
前へ
/96ページ
次へ
その病院は、今夜は慌ただしかった。 急患で運ばれた女性の出産が始まっているからだ。 夜中の12時である。 育久産婦人科外科医院は、この地元では、珍しい大きな専門病院であり、医院長の育久 みのり女医は、若いが名医で有名だった。 この地域の住民から絶大な信頼があり、それにふさわしい腕と人格を備えている。 幾度となく、難しい状態の患者を扱ってきたが、今夜の出産は、いつもとは勝手が違っていた。 分娩室には、患者の若い女性が1人、付き添いには家族ではなく、その娘の友人が2人、来ている。 若い女性は、初診であり、妊娠初期にこの医院に来ていない。 育久 みのりは、分娩室横の準備室で、分娩のための身支度を整えながら、看護婦から現状の報告を受けている。 40がらみの、見るからに体力のありそうな看護婦は、クリップボードの書類を見ながら話す。 「患者は、町合 智美、19歳、範貫(はんかん)大学の学生です。」 みのりは、眉をしかめた。 「学生が妊娠? 最近の若い子は…」 看護婦は、言いにくそうに、次の言葉を吐き出した。 「それが、妊娠に本人が気づいたのが2日前なのです。」 みのりは、動きを止めた。 「何それ。」 「この2日で、腹が臨月になった、ということで…付き添いのサークルの友人達も同じことを言ってます。」 みのりは冷静だった。 「それは妊娠ではなくて、別の病気でしょうよ。」 看護婦は、額をハンカチで拭った。 「体の症状は出産間際の徴候を示してますが…あの、検査したところ、子宮に入っているのが、足なんです。」 「え?」 みのりは反応に困ったのか、口元だけが笑っている。 「成人の人間の、膝下からの足を妊娠しているとしか、言いようがない状態でして…」
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加