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つん、と彼のブレザーの胸の校章のワッペンを指でつつく。
「二つ、こんな時間に制服でこんなところにいるのはさぼりか・・・遅刻でしょ?遅刻なら急いでいるでしょうに君はそんな素振りがない」
「あ・・・」
時刻は朝の9時、確かにもう一時間目が始まっている。
「学校は近いの?」
にやりとわらった彼女は彼に問うた。
「まぁ・・・この近くです・・・」
「さぼったんなら学校の近くにとどまるべからず」
みかけによらず男っぽくからからと彼女はわらった。
「ここ・・・おれ・・・好きな場所で・・・この樹・・・大好きなんで・・・」
(おれは幼児か?!)
自分で情けなくなるくらいのしどろもどろな言い訳だった。
そんな彼を彼女はふんわりとわらう。
「実のなる樹はきれいよね。私もここ、初めて来たけど好きだなぁ・・・」
そして真顔で言った。
「邪魔してごめんね」
「いや・・・とんでもないです・・・。おれのモンじゃないし・・・」
胸の前で両手を振る彼をまた彼女はわらった。
「私、これから約一ヶ月くらいこの近くで仕事なの。たまにここに来てこの樹見てもいいかな?」
「あ、どうぞ・・・って・・・あ、おれのじゃないんで・・・」
(ダッセー・・・おれ・・・)
彼は自分につっこみを入れる。本当に情けない位にダサかった。きっと少し顔が赤らんでいるに違いない。そう思うとさらに恥ずかしかった。
そんな彼を見ている彼女は自分の容姿がこの高校生の少年に与えている緊張を気づいているのかいないのか・・・彫刻のような横顔を見せて腕時計を確認する。
「打ち合わせの時間だわ」
そして、この日一番の、彼が眩暈を起こして倒れてしまいそうな微笑をうかべた。
「じゃあ、またね。また会えるといいわね」
ぽわん・・・としている彼を置き去りにさっさと風の様に林檎の樹を後にしてしまった。
彼が現実に戻ってきたのは彼女がその場を去ってからかなり経ってからだった。
我に返ってみるとさっきの彼女が現実に存在していたのか、幻だったのかの判断もできない。それほどに、彼にとって神々しいまでに美しいひとだった。
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