最終話 月は満ちて

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 *  五年後—— 「ほんとうに行くの? おにいちゃん。いくら騎士にあこがれてるからって、砦は危険すぎるわ」 「ミュルトの言うとおりだ。ディアディン。どうせなら、僕の騎士になってくれればいいじゃないか。僕はずっと、大人になったら、君が僕を手助けしてくれるんだとばかり思ってたのに」  十七になり、ディアディンは砦へむかう。  見送るリックやミュルト、両親も、わざわざ危地にとびこむディアディンを、涙ながらに見つめる。  でも、どんなに引きとめられても、ディアディンはやめる気はない。 (なぜだろう。おれは行かなくちゃいけない気がする)  子どものころから、なぜか、その思いがいつも心にあった。  不思議と何かに呼ばれているような——  そんなときは決まって、泣きたいような、大切な何かをなくしてしまったような切なさがこみあげてくる。  だから、行くのだ。砦へ。  家族が止めるのをふりきるようにして、ディアディンは砦にむかった。  何かが起こると確信していた。  だが、砦の生活は期待とは裏腹に殺伐とした日々だった。  最初の満月の夜までは—— 「ねえ、小隊長は僕らのこと、忘れてしまってるんだよねえ?」 「あーあ、小隊長が僕らを見るとき、ちょっと気味悪そうにして、おもしろかったのに」 「ウニョロ、ムニョロ。小隊長は恩人なんだ。そんなこと言っちゃいけない」 「ニョロはマジメだなぁ」 「なあ」 「ニョロニョロさんたちはあっちに行っててくださいよ。お使い役は、ぼくなんですよ」 「僕らだって、小隊長に会いたいよォ」 「そんなこと言うと、丸飲みしちゃうぞ」 「ぎゃあっ。やめてくださいっ。仲間殺し!」  気のせいだろうか。  なんだか廊下がさわがしい。  これは、夢だ。  そう。きっと、夢。  ディアディンが目をあけると、ひらいた扉から妙な連中がいっぱい、のぞいていた。 「あっ、小隊長。来てください。あるじが呼んでます」  むりやり、ひっぱっていかれて、そこで待っていた人を見た瞬間、ディアディンは喜びと愛しさで、胸がしめつけられるように苦しくなった。  この人だ。おれはずっと、この人をもとめていた。  失われた何かがそこにあった。 「月の……しずく?」  この世には奇跡があるのだ。  時の魔法のかなたに失われたはずの記憶。そのすべてはとりもどせなかった。  しかし、その人を愛しいと思う気持ちまでは、どんな力も、ディアディンから奪うことはできなかった。 「おれは、あなたを知っている……」 「わたくしも、あなたを知っています」 「おれたちは以前にも、こうして……?」  失われたものならば、また紡げばいい。  ディアディンはその人と目を見かわし、微笑んだ。  これから始まる物語を思って。  幸福な満月の魔法が、二人をつつみこんでいた。  了
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