第一話 小さな巨人

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 夢を見た。  そう。夢だったのだろう。  不可思議なことの起こる辺境(へんきょう)の砦の生活でも、あの一連のできごとは、夢だったと考えたほうが自然なほど、幻想的で浮世離れしていた。  まるで、おとぎ話のなかに、まぎれこんでしまったように。  ディアディンが砦に来て二年。  正規の訓練を受けていないディアディンが兵士になるには、腕っぷしだけが勝負の傭兵になるしかなかった。  傭兵は砦のなかでも、とくに危険な仕事が多い。命がいくつあっても足りない。  この二年のあいだに、何人もの傭兵が死んでいくところを見た。  しかし、最初から死ぬ気だったせいだろうか。  向こう見ずなディアディンの決意とは裏腹に、いつしか頭角をあらわし、今では百人のならず者を部下に持つ小隊長にまでなった。  砦で最年少の小隊長だ。  だが、あいかわらず、ディアディンの心は死んでいた。  十六のあのときから、ディアディンは死ぬために生きている。  だから……変わったことなど、何も起こるはずはなかったのに、それは起こった。  その日、ディアディンは夕方からの見まわりを終え、同室の部下たちと自室で眠っていた。  いつものイヤな夢を見て、真夜中に、ふと目がさめた。  十二のときの、あの悲劇。  そして、十六のときの……。  どうして、世界は自分を生かしておくのだろう。  後悔で人が死ねるものなら、とっくにおれは死んでるだろうに。  窓から入る月光がまぶしい。妙に明るいと思えば、満月だ。  うっかり、よろい戸をあけはなして寝てしまったから、まともに光が室内に差しこんでくる。  ディアディンは立ちあがり、よろい戸をしめかけて気を変えた。  ついでだから、月見がてら井戸まで水を飲みに行こう。  ディアディンは寝巻きの上から、小隊長のグリーンのマントをはおり、剣をおびた。  砦の生活では、どんなときでも油断は禁物だ。たとえ美しい月夜でも、魔物は容赦(ようしゃ)してくれない。  ディアディンは廊下へ出ると階段をおりていった。  すぐに、おかしいと思った。階段を見張る兵士の姿がない。  いや、階段だけではない。  石造りの堅固な城のなかに、人間の気配がまるでない。  なんだか、間取りまで違って見える。  警戒して立ちどまったとき、背後で声がした。 「ディアディン小隊長ですね。あるじから、あなたをおつれするよう命じられました。どうぞ、こちらへお越しください」  ふりかえって、ディアディンは絶句した。一瞬、自分の目がどうかしたかと思う。  立っていたのは、ディアディンの腰丈しかない小人。  しかも、頭に二本のツノ(いや、むしろ触覚?)っぽい飾りをつけた美少女だったのだ。  薄緑色のひらひらした服をきて、なんというか、どうにも、砦の殺伐(さつばつ)とした空気にそぐわない。 「おまえ……魔物だな?」  ディアディンが剣に手をかけると、小人はあわてふためく。 「ま——待ってくださいよ。われわれはあなたに助けてもらいたいのです。ほんと、悪いことはしませんから」 「何もしないだ? 笑わせるなよ」  すでに、ディアディンは小人(あるいは、そのあるじ)の術中にハマっていた。魔法だかなんだかで、現実の砦ではないところへ引きこまれている。 「このまま帰せと言っても、ムダなんだろ? ついてくしかない状況に追いこんどいて、悪さしないなんてよく言えたな」  小人は申しわけなさそうだが、否定はしない。  しょうがないので、とりあえず、ディアディンは小人についていった。  どうせ、相手は非力な小人だ。これの親玉なら、たいしたことはあるまい。  見なれたはずの城内に、見おぼえのない廊下や広間がならんでいる。  魔術の迷宮を案内されて、行きついたのは、豪華絢爛(ごうかけんらん)な一室。  天井はガラスのドームになっていて、満月の光が室内にあふれている。  寝椅子の上に、小人のあるじが座っていた。  その人を見た瞬間、うかつにも、ディアディンは見とれていた。  月光をあびて、長い髪が銀青色に輝いている。  白い肌の透ける薄絹。  その姿は目をみはるほどに美しい。  ずっと昔、リックが見せてくれた、おとぎ話の絵本に描かれていた、お姫さまのようだ。  こんなに美しい人を、ディアディンはこれまで見たことがない。美しすぎて、人間ではないみたいだ。 (いや、そうか。人間じゃないんだもんな。こいつは魔物だ)  ため息をついていると、彼女が口をひらいた。 「よくぞ、おいでくださいました。わたしが長の、月のしずくです。どうか、われらの願いを聞きとどけてください」 「イヤだと言ったら?」  口では言ったが、すでにディアディンは、自分がこの人外の者にしたがうだろうと確信していた。  彼女の美は、それほど人間の心を深くゆさぶるものだった。  それに、これは数多くの邪悪な魔物を退治してきたディアディンのカンだが、彼女の気配は清らかすぎる。邪悪なものではないと、瞬時にわかった。 「あなたに断られれば、泣く泣く、お帰りいただくまでです。ただ、そのときには、ここにいる者の一族は、今日にも滅びましょう」  と、案内してきた小人をしめす。  ディアディンは笑った。 「まったく、近ごろの魔物ときたら、人間に泣きおとしか? まあ、魔物が全滅しようが、おれの知ったことじゃないが」  すると、花のような魔族の長は、世にも(はかな)(うれ)い顔になった。 「はい。われらはたしかに、あなたがた人の言う魔物です。ですが、力弱い、おとなしい魔物の集まりです。人に害をなそうとは思いませんし、それどころか、荒々しい悪しき者たちの脅威から逃れ、ひっそりと暮らしているのです。  そういう者たちは、いにしえには、たくさんおりました。家に住みつき、家人の働きをかげから助ける小人などが、そうです。 人間たちは、われらのことを、精霊ないし妖精と呼んでいましたね。われらはこの城をわが家と思う精霊なのです」  ディアディンの顔色をうかがうように見るので横柄に言う。 「続けろよ」  続けてもらわなければ、話が進まない。 こっちはもう、内心、用をたのまれる気でいるのだから。 「はい。無力なわれらには、どうにもしがたい難問が生じました。いくつか、助けていただきたいのです」 「いくつもあるのか。きれいな顔して、意外と図々しいんだな」  ディアディンの毒舌に、長姫は恥ずかしげにうつむいた。 「申しわけありません。ですが、あなたのご勇名は、かねがね耳にしております。あなたさまなら、ほどなく解決できる用ばかりです。約束をはたしてくださいましたなら、かならず、お礼をいたします」 「うさんくさい礼ならいらない」 「あなたの望むものをさしあげます」  礼ね。とくに欲しいものもないが……。 「じゃあ、死人を生きかえらせることはできるのか?」 「死人を……ですか?」  長姫が困ったような顔をしたので、その願いは叶わないのだと知った。 「われらには人の命をよみがえらせるほどの力は……」  わかっていたことだ。  死んだ人間は、二度とよみがえらない。  どんなに後悔しても、失ったが最後、二度と取り戻せないものも、この世にはある。 「……まあ、いいよ。礼のほうは考えておく。とりあえず、何をしたらいい?」 「では、お受けいただけますか?」 「まあ、いちおう。言っとくが、おれは魔物の言葉など信用しない。おれの身に不利だと思ったら、いつでも契約破棄するからな」 「はい。充分です。では、さっそくですが、ここにいる小人たちの一族をお救いください」
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