第一話 小さな巨人

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 小人に手招きされて退室した。  部屋の外には、薄暗い廊下をうめつくすように、大勢の小人が待っていた。  どれもこれも、最初の小人と同じ大きさ、同じような顔をして、同じような緑色の服をきている。 「お願いします。先日より、われらの城に巨人が侵入して、暴れております。われらも力のかぎり戦っているのですが、なにぶん、体の大きなやつらに、手も足も出ません。仲間は次々、殺されています。あの悪しきものどもをけちらしてください」  ディアディンの腰ほどもない小人たちの言う巨人だから、せいぜい人間と同じていどだろうと、たかをくくっていた。  が、これが大間違い。  小人につれられて、いましも攻防をくりひろげている食料庫前へ行くと、小人たちをふみつぶしながら進んでくるのは、血のように赤い服をきた巨人だった。  たしかに、ディアディンから見ても巨人だ。 見るからに、まがまがしい。 (まあ、文句を言う筋合いじゃないか。巨人だって言ってたんだからな) 「やつらは悪鬼です。悪魔です。われらが、たくわえた食料を根こそぎ奪っていくのです。それどころか、われらの赤子まで、むさぼるのです。どうか助けてください」  巨人は三人いた。  剣や弓といった人間の武器は持たず、ロープをふりまわして、小人たちをなぎはらっていた。  小人はみるみる、ふきとばされていく。 「真正面からつっこんでいくのは、さすがに、おれでも上策ではないか。聞くが、やつらはここへ食料を荒らしに来るんだな?」 「はい。あの扉のなかが、食糧庫です」 「わかった。おまえたちはジャマだ。いったん、ここはヤツらにあけわたせ」  小人たちは憤慨(ふんがい)して、口々に反対した。 「そんなことしたら、食糧庫はカラッポになります。われらにどうやって冬をこせとおっしゃるんです」 「今日、一族が全滅するのと、ここはしのいで、冬までに食料をたくわえるのでは、どっちがいい」  強く言うと、小人たちは口をとがらせて、不平不満を言いながら承知した。 「砦を代表する勇猛かかんな英雄だって聞いたのに、ウソっぱちだ」 「小さいわれらが命がけで戦ってるのに。腰ぬけだ。腰ぬけ」  バカか。おまえらは。これは作戦だ——  と、どなりつけたかったが、それでは巨人にも、こっちの考えが筒抜けになってしまう。  ディアディンは、ぐっと、こらえた。  ぶちぶち言う小人たちを退却させると、ディアディンも廊下のかどまでしりぞいた。  巨人のおつむも小人なみらしく、疑いもせず食糧庫へ飛びこんでいった。 「おまえたちは、ここにいろ。足手まといだからな」  ぽかんとしている小人たちを残して、ディアディンは一人、あけっぱなしの食糧庫の前に立った。  扉のかげから、のぞいてみると、巨人どもは、いじきたなく食料を食いちらしている。  さっきからのちょっとの時間で、もう食糧庫のなかは半分近く、食いあらされていた。小人たちが心配するのも、いたしかたあるまい。  だが、おかげで、やつらは三人とも食べ物に夢中だ。縄のような武器もほうりだしている。  ディアディンが見ているのにも気づいていない。  ディアディンは剣をぬき、手近な一人に切りつけた。  ぎゃっと声をあげて、巨人は倒れた。  あとの二人がふりかえったときには、そのうちの一方に、ディアディンは切りかかっていた。  二体めも撃沈。  しかし、最後の一人は少しだけ反応が早かった。  ディアディンの剣は巨人の片足を傷つけただけで、巨人は足をひきずりながら逃げだしていった。 「待てッ!」  外に出て追いかけるものの、廊下が妙にグラグラする。床が綿でできているみたいに、ふにゃふにゃする。  そのうち、ディアディンは気が遠くなった。  気がつくと、ディアディンは自分の部屋のベッドで、朝をむかえていた。  早朝だ。  部下たちはまだ眠っている。 「おかしな夢だった……」  まだ早いが、目が冴えてしまって、二度寝はできそうにない。  ディアディンは顔を洗いに、一階まで下りていった。 今度はちゃんと要所に見張りもいて、いつもどおりの砦の風景だ。  生々しい夢だったな——と思いつつ、冷たい井戸の水で顔を洗う。やっと現実感が戻ってきた。  いつまでも、つまらないことに頭を悩ませていては、本業でミスをする。  ディアディンの本業とは魔物退治だから、失敗するということは死ぬことだ。  むしろ、それが望みのはずなのに、なぜ、自分はけんめいに生きようとするのだろう。  死にたい、死んでもいいと言いながら、やはり心の底では、自分は本当は生きたいのではないだろうか……。  答えの出ない疑念に、ディアディンが沈んでいたときだ。  井戸端を歩いていく、薄緑色のアリに気づいた。  アリはまるで、ディアディンの気を引くように、前足二本で、チョイチョイと招くような仕草をする。 (アリ——緑色の……)  誘われていくと、アリは林のなかへ入っていった。一本の木の根元へつれていく。  見ると、木の根元に大きなアリの巣がある。  その入口で、薄緑色の小さなアリが、自分たちの百倍も大きな、真っ赤な毒グモを相手に、必死に巣を守って抗戦していた。  毒グモは後ろ足が一本、動かない。 「なるほどね」  ディアディンは毒グモの足をつまんで持ちあげると、石の上に置いて、ふみつぶした。  アリたちがいっせいに、ぺこりと、おじぎした。  了
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