最終話 月は満ちて

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 すると、ディアディンの心を読んだように、長姫が眉をひそめた。 「ただし、一つだけ注意があります。生きたものを描いてはいけません。あの絵筆は描いたものに魔法の命をあたえます。生物を描けば、魔法がその生き物に命をあたえますが、それは本来の生き物ではありません。魔物になるのです。良きものになればよいけれど、少しでも(よこしま)な心をもって描かれれば、かならず悪しきものになります。あなたが退治してくださった、あのピクチャー族も、もとを正せば、あの絵筆で描かれたのです」 「ああ、あの絵のバケモノ」  あれはディアディンが見ても、むなくその悪い連中だった。  自分たちより弱い長姫の眷族を食料にして、その魔力をすするという魔物。  親友があんなふうになると言われれば、残念だがあきらめるほかない。 「忠告、ありがとう。でも、そうとわかれば、マズイな。絵筆の効力をためすために、好きなものを描くよう、知りあいの絵かきに貸してしまった。あいつが人間を描いてなけりゃいいんだが……あいつは似顔絵かきだから」 「もし生物が描かれていた場合、その絵をそこなえば魔法がとけます。以前のピクチャー族のときのように」  ディアディンはうなずいた。 「それを知らせるために、おれを呼んだのか?」  すると、妙なことに、長姫は頰をそめた。 「いえ。それだけではありません」 「そういえば、あなたの一大事だったな。なんなんだ?」 「それは……」と、くちごもるので、もどかしい。 「言ってくれないんじゃ手助けしようがない」 「すみません。こんなこと、あなたに頼るのはどうかと思いますが……思いきって、うちあけます。じつは、わたくし、縁談があるのです」  まさかの内容に、ディアディンは自分の耳をうたがった。  二人のあいだに別の男が介在してくるなんて、考えてもいなかった。  長の月のしずくが結婚すれば、一族のなかでの彼女の立場も変わってくるだろう。ことによると、今後、ディアディンを呼ぶのは、長姫の夫ということも、ありうる。  それは、いやだ。  ディアディンは不機嫌になった。 「おれにどうしろって? あんたの結婚なら、あんたが決めるべきだろ」  きつく言うと、長姫は泣きそうになる。 「あなたは、わたくしがほかの男に嫁いでもよいとおっしゃる?」 「やめろよ。そんな目で見られても……こまる。あんたは魔物で、おれは人間だ。おれの口出しすることじゃ……」 「そうですけど……相手は、ほかの一門をすべる長なのです。以前から、われらの領地に目をつけ、わたくしたちを支配しようとしておりました」 「ああ……政略結婚か」  それならそうと、最初から言ってくれよ。  妙に気をもたせるから、ドキドキした。 (ドキドキ? 魔物相手に? そりゃ、長姫はキレイだが……)  ディアディンは苦笑しようとして、できなかった。笑ってすませるには、自分の本心はわかりすぎるほどわかっている。  そうだ。  おれは長姫が好きだ。  ごまかすことなど、できないほどに。  だが、それを口に出せない。 (おれはもう誰も愛してはならない。もうすぐ、すべてを終わらせるんだから……) 「相手は悪しきものなのか?」 「……はい」  なんとなく、ためらうように言って、長姫はディアディンをうかがう。 「なら、見すごせないな。おれはその長を倒せばいいのか? それとも、破談にすれば、ことたりるのか?」  少しばかり、長姫はあわてた。 「破談でかまいません。悪しきものと言っても、それほど悪質ではありませんし……。できれば、後難をさけたいのです。あまり、無礼なふるまいには及ばないでください」  奥歯にものの挟まったような言いかただ。なにか変だ。 「破談にね。退治するよりメンドウだな。まあ、やってやるよ」  長姫は見るからにホッとした。 「お願いします。では、さっそく、ミレニアム族の長のもとへ案内させましょう」 「なんだ。今、城にいるのか」 「はい。おともをつれて、正式にプロポーズにいらしたのです」  ぽんぽんと手をたたいて、長姫は白しっぽを呼んだ。  白しっぽは悲しい気持ちが続いていたようで、チーズをかじりながら、かけてきた。 「お呼びですか?」 「ディアディンさまをミレニアム族の長のもとへ案内しておくれ」 「はーい」  白しっぽにつれられて、ディアディンは歩いていった。  前を歩く白しっぽは、いつになく、しょんぼりしている。 「今日は元気がないな。どうしたんだ?」  白しっぽはチーズをかじる手を休めて、ディアディンをかえりみる。 「もうすぐ、小隊長に会えなくなると思うと、悲しいんです」  ドキリとした。 「どうして?」
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