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長姫の結婚に関係あるのかと思ったが違っていた。
白しっぽは神妙な顔をして、ディアディンを見つめる。
「小隊長、ぼくらにお別れするつもりでしょ?」
ディアディンは息をのんだ。
「白しっぽ……なんで……」
「わかりますよ。ぼくらの世界と、あなたの心はつながってるんだから」
ディアディンは苦い気持ちで微笑んだ。
「しょうがないんだよ。白しっぽ。おれは罪深い人間なんだ。おまえたちみたいなヤツらが、おれにかかわっちゃいけない」
「そんなことないよ! なんでいけないの?」
「おれは……」
言いたくないが、言わなければならない。
これは懺悔だ。
自分の心にウソをつけなくなった今、しばしのあたたかいものをくれた彼らに、ディアディンは懺悔しなければならない。
「おれは、人を殺したんだよ。親友をだ。四年……いや、もう五年前になる」
ディアディンは嵐の夜のあのできごとを語った。
「そんなの、わざとじゃないですよ。小隊長は悪くないよ」
ディアディンは首をふった。
「ちがうんだ。あのとき、おれは助けようと思えば、リックを助けられた。ほんの一瞬、ためらったんだよ。ミュルトが木から落ちて、あんな体になったこと。あいつを好きなミュルトの気持ちをふみにじって結婚すること。いろんな思いが頭のなかにわきあがって、伸ばしかけた手を一瞬、止めた。あのとき、おれが迷ってなければ、あいつは死ななかった。おれが殺したんだ」
「小隊長……」
「ずっと後悔してた。最後に、あいつ、笑ったんだ」
あのときのリックの笑みが頭に浮かぶ。
「おれの顔を見て、おれがためらったことを、あいつは知ってた。なのに、あいつはおれをゆるして笑った。それで初めて、あいつの気持ちがわかった。あいつも、ずっと、苦しかったんだって。ミュルトを助けられなくて、一番つらかったのは、あいつだったんだって。
きっと、結婚をいそいだのも、早くミュルトをひきとって、自分で面倒を見たかったからだ。いい子が相手でラッキーだなんて言ったのは、おれたちに負いめを感じさせないため……あいつはただ自分にできるかぎりの罪ほろぼしをしたかっただけなんだ……」
涙がこぼれるのが、自分でもわかった。
「もう遅いんだ。いまさら気づいても、死んだ人間は生き返らない!」
だから、ずっと死に場所をもとめていた。
領主の息子を殺して街にいられなくなったから……という以上に、死にたかったから、砦に来た。
もう二度と笑わないつもりで。
「この一年、ほんとに楽しかったよ。おれみたいな人間を、おまえたちのキレイな世界に招いてくれて、ありがとう。おまえたちと会えてよかった」
白しっぽは泣きじゃくって、ディアディンにしがみついてきた。かすかにチーズの匂いがする。
「ぼくはイヤだよ。別れたくない」
「泣くなよ。もともと、おれは、おまえたちの世界とは相容れない人間だったんだ」
この一年、彼らの存在が、どれだけディアディンをなぐさめてくれたか、白しっぽは知るまい。
そういう意味では、彼らはもう充分に、ディアディンに礼をしてくれている。
救われていたのは、むしろ、ディアディンのほうだ。
「最後の仕事にとりかかろう。夜明けまでに、かたづけてしまわないと」
ぐずる白しっぽをつれて歩いていった。
客室にいくと、ミレニアム族の長が待っていた。
ディアディンが口をひらく前から、その用件を察したようだ。
彼を見た瞬間、ディアディンは運命を感じた。
金色の髪、青い瞳……彼はリックに似ている。
この男が長姫のとなりにならぶのは、しかたないことのような気がした。
「あなたが話に聞くディアディン小隊長か。月のしずくどのが、あなたをよこしたのだな?」
「単刀直入に言うと、種族のことなる結婚は気が向かないそうだ。お引きとり願えるだろうか?」
正面に立つと、この男からは清々しい木の香りがした。どうも木の精らしい。
長姫の言うような悪しきものとは思えないのだが……。
「本当に月のしずくどのがそう言ったのか? 悪い話ではないはずなのに。彼女を私の正妃とし、彼女の眷族すべてを、永続的にわれらの一族で守る。失礼だが、力弱きものの集まりである月のしずくどのの一門には、われらの力が必要なはず」
「力、力と言うが、あなたはなぜ、あの人が欲しいんだ?」
「むろん、愛しているからだ」
やはり、おかしい。
この清廉なふんいき。
いさぎよい答え。
これが悪しきものの長だろうか?
「話のとちゅうですまない。ちょっと失礼」
ディアディンは白しっぽをつれて廊下へ出る。
「白しっぽ。あいつは、いい種族なのか?」
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