【本編】

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秋が終わり、冬に向かおうとしているこの季節の朝は…… とても人肌の恋しい時期でもあるし。 「……」 …って、何を馬鹿なこと考えてんだ、私は。 欲求不満かっ。。 咳払いをして顔を引き締め、ブンッと一度顔を振る。 と、何か黒いものが地面に落ちて行くのが視界の隅で見えた。 どうやら、当の本人は気付いた様子もなく、 切り替わった目の前の横断歩道を渡ろうと足を踏み出しかけている。 「…あ、……あの、落ちましたよ?」 「……」 定期入れを拾いあげ、振り向いた彼に視線を向けた。 その直後、 「……っ」 思わず…声をつまらせ、固まってしまった。 メガネを掛けてはいたけれど、何処か見覚えがあったその容姿に。 鋭い瞳、無愛想で秀才を感じさせる、…この雰囲気。 ……え。 ーーーーどうしてだろう? 不意に頭によぎったのは…、…胸からこみ上げてくる…懐かしい…熱い衝動で。 お風呂の湯船に浸かりながら…、ご飯を食べながら… ふとした瞬間…思い浮かべていた…あの彼に似ている気がした。 「………もしかして……牧田、君?」 一瞬にして自分が、小学校のあの時の自分に戻ったかの様な変な錯覚に陥った。 タイムスリップするって、こんな感じ…なのだろうか。 「もしかして、……葉山?」 「……」 ”赤い実 はじけた” 国語の教科書に載っていたフレーズが、 25歳になった今も、忘れられないでいるのは… あの時の初々しいときめきが、……初めて好きな人が出来たという感情が、 何処か鮮明に、記憶に根付いてしまっているのかもしれない。 小学生… ただがむしゃらで。 自我の覚醒途中で、大人には程遠い、幼かった自分。 でも…ちゃんと私は彼が好きだったんだ。 私の、初恋だった…
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