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研究室(ラボ)の中に『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』が、軽やかに流れた。
「…ん?…電話か…。」
さっきまで、にらめっこしていた図面とパソコンから、意識を外すと、手を伸ばして、隣のデスクから、携帯を取る。
「はい、もしもし。どちら様ですか?」
滑らかなドイツ語で、応えると、向こうから、遠慮した日本語が聞こえてきた。
「…悪いけど、日本語で話してくれよ、涼兄。」
「透!?…どうしたんだ?…いや、ちょっと待て。国際電話だぞ。どんだけ、請求行くと思ってんだ。一旦切れ、俺から、掛け直すから。」
慌てて、表示されてる番号に、涼は、掛け直した。
「一体、どうしたんだ、お前から、掛けてくるなんて…何かあったのか?」
「いや…俺は、相変わらず…でもないか。
教員採用落ちた…。あっ、でも、非常勤の登録もしたし、県の陸協の人から声掛けられて、時間あるときは、そこで、仕事もさせてもらってるから、安心して。
今日は、その事じゃないんだ…あのさ、環、成人式なんだ。」
「…成人式…そうか、あいつも二十歳なんだな…初めて会った時は、小学生だったのにな…。早いなぁ…。」
「早いなじゃないだろう…環が、二十歳ってことは、友紀もだろうが…。そこんとこ、わかってる、兄貴?」
「…あっ…そうか。うん、そうだ。友紀も、成人式だな。」
「何、他人事みたいに、納得してんの…これだから、兄貴は…。
あのさ、自分の嫁さんの歳、忘れるなんて、ありえねぇだろ…それも、一生に一度しかない、二十歳の記念日なんだぞ。」
涼は、友紀への細かい気遣いとか、大事なことが、思い切り抜け落ちてる自分に気付いて、溜め息をついてしまった…。
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