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私はくず折れるようにその場にしゃがんだ。
体操着だった布で、びしょ濡れの床を拭いた。
ひざをついて手を動かす。
「おい、宮沢」
矢野が叫んだ。
すでに五千円の価値がなくなっているTシャツだったが、私にとっては高級な体操着が黒っぽく汚れていく姿はヴィジュアル的にさすがにこたえる。
「おまえ、本当に役に立たないな」
あざ笑うような声がきこえる。
「おまえの親は、もうすこし綺麗に掃除してるぞ。この学校をな」
そうなのだ。
これが私が逆らえない理由のひとつだ。
母の清掃のパート先というのはこの学校。
つまり矢野の家に雇われ、仕事をもらっているにすぎないのだ。
「そんなちんたら掃除していたんじゃ、ただの給料泥棒じゃねーか。そんなことなら、おまえの親もクビにするぞ」
ずぶ濡れでしたをむいていることをいいことに、誰にもばれないようにすこしだけ泣いた。
涙のしずくが私の顔にべたりとへばりついた髪をつたって手の甲のうえに落ちた。
一滴、二滴。
それ以上はばれないように、奥歯をかんでがまんした。
これが私の日常だ。
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