第三章 救われきれないもの

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「ねぇ、こんなに高そうなお店、大丈夫なの?」 中野亜紀が不安そうに、小声で健治へと尋ねる。 ―大丈夫、全部俺のおごりだよ。 健治は「心配ない」と応えるように頷いた。それで亜紀が少し表情を緩める。 「そうなんだ。ありがとう。」 素直に感謝する、と言った感じで健治に微笑みかける。健治はどぎまぎして「気にしなくていいよ」と答えつつそっぽを向く。 今日は火曜日の夜。健治と亜紀は先ほど駅で合流して、食事のためにここまでやってきたのだ。 ホテル東南海、最上階のレストラン。高い天井、絨毯敷きの店内。窓の外には煌びやかな夜景が広がり海まで見通せる。そのうちピアノの生演奏が始まる筈だ。 ―うん、いいんじゃないか? 健治は店内の雰囲気に満足する。二人で二万円ほどかかってしまうが、この程度の投資は安いものだ。万一のため―嬉しい方の万一だが―に、部屋の予約も入れてある。もちろん明日も仕事のつもりで来ている亜紀を誘うのが難しいことは分かっているし、1回目のデートでうまく行く確証なんてまるでないのだが、それでも「もしうまく行ったとき」の機会損失の方が怖かった。 なに、駄目だったらキャンセルすればいい。キャンセルしたとしても数万程度だ、痛くもない。 食前酒が運ばれてきて、二人は乾杯をする。健治は美味しそうに飲む亜紀を眺めていた。そういえば学生時代からお酒は強かったかな、と思う。健治はそんなに強い方ではないが、まぁ食前酒で酔うこともないだろう。 「ねぇ、私たち、浮いてないかな?」 「大丈夫、堂々としてれば誰も気にしないよ。」 周りを見てどこか落ち着かなげに囁く亜紀に対し、健治はそう答える。引け目を感じておどおどする方が逆に周りの好奇心を煽るのだ。 ―確かに、彼女の身に着けているスーツでは格がつりあわないかもしれないがな。 健治はそうも考えた。亜紀は自社の製品であるというスーツで今回のデートにも臨んでいたからだ。何せ今日は平日で、彼女は勤務帰り。場の雰囲気にそぐわないという程でもないまでも、場の雰囲気には押されていた。要するに地味なのだ。 もちろん「駅で待ち合わせ」と言っただけで、行き先を言わなかった健治にも原因があるのだが、彼自身は気にしていない。むしろ一種のサプライズみたいなものだと思っている。
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