第三章 救われきれないもの

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健治は少しだけ自分を顧みて苦笑する。お前は何様だと思われるかもしれない。逆に自分がこんな扱いをされりゃムッとする。だが同時に、それくらい強引に行くべきだとも思った。 そう、自分に足りなかったのは強引さなのだ。相手を引っ張っていく強さだ。他の奴らもそうだ、だから今まで誰も彼女をモノにできなかったのだ。 強引に出られなかったのは、強さが足りなかったからだ。今の世の中、強さとはつまり経済力だ。他人に流されず、干渉されずに生きられるだけの力だ。力が足りなければ、人に媚びて生きなければいけない。自分を殺して生きなければならない。 翻って、自分は力を手に入れた。人に媚びなくとも良いだけの経済力を手に入れた。世の中に溢れる弱いオスとは違う、勝ち残ったオスなのだ。 強気に、多少は強引に。それこそが強いオスの役目なのだ。だから彼女を導いてやらなければいけない。 「こちら、アンティパストの…」 「ああ、説明はいいから。それよりも、お箸持ってきてくれない?」 「畏まりました。」 薀蓄話には興味がないし、わざわざ使い慣れていないナイフやフォークで食べるのも御免だった。要は旨ければそれでいいのだ。 「中野さんもお箸にする?」 健治は親切心からそう言ったが、亜紀はそれに首を振った。 「ううん、私はいい。」 「ふーん。まぁ、中野さんが良いならいいけどさ、便利だよ?お箸。お、ありがとう。」 健治はそう言って、ウェイターが運んできた箸箱を受け取る。 ―ほら、ちゃんと用意してあるじゃないか。最初から出しておけってんだ。 健治は箸を手に取り、ひょいひょいと前菜をつまんでいく。ナイフとフォークではこうは行くまい、と思った。こっちの方が便利だし使い慣れている。そもそも、ナイフを肉を切る以外の用途に使うなんてどうかしてるぜ。 そう、相手に合わせる必要なんてないのだ。相手に合わせなければいけないのは、自分が弱いからだ。自分が強くなれば、勝手に相手が合わせてくれる。 だから堂々と箸で食べる。文句を言う奴がいるなら、逆に相手を従わせればいいのだ。健治はあくまで自分のペースで箸を進めていく。驚いていた亜紀も、やがて諦めたように苦笑した。
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