第三章 救われきれないもの

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「それで、大沼君は今どうしてるの?」 来た、と健治は思った。ここで彼女にきちんとアピールできさえすれば、目的は成功したようなものだ。後はデートの終わりに「俺と付き合ってくれ」と言えばいい。 そうすれば、もう彼女なしの生活とはおさらばだ。親に何かを言われることもない、誰かに引け目を感じる事もない。俺に唯一残っていた「結婚できていない」という枷から解放される。 健治は自分を奮い立たせる。そう、これまで独り身だったのも、ブラックな会社に勤めたのも全てはこの日のため。 都合のよい妄想も、今は本当にそうなんじゃないかと思えてくる。 「そうだね、俺の事を全然話してなかったね。」 健治は亜紀に大学卒業後の過去を順を追って語っていく。大学卒業前にはあまり自分のことは語っていなかったので、それも含めて。 大学を卒業して、システム開発の会社に勤めたこと。新人研修と呼べるようなものもなく、いきなり実戦投入されたこと。 「ま、研修なんてなくても困りはしなかったけどね。」 健治はそう嘯く。実際には「走りながら覚えろ」なんて言われ、半泣きになりながら調べ物をした。言葉だけ聞くと職人気質とも取れるが、実際は上司も同僚も知らないだけなのだ。そう、研修をしないんじゃなく、研修させるほどの能力がないだけなのだ。OJTという名のぶっつけ本番。改めてとんでもない会社だった。 だが、そんな酷い日々も今となってはどうでもいい。散々悪態をつきながら務めた会社の日々も、かいつまんで話せば少しは聞こえも良くなるというものだ。 話は少し盛りあげておく。仕事の結果は大げさに。上司がやっていた仕事も自分がやったことにする。 本当は、健治が自分で進めたことなんて殆どない。商談をとってくるのも、開発を指揮するのも、全部自分以外の誰かがやっていたことだ。 そのころやっていたことなんて、いわば下っ端。勝手に決まった商談と、勝手に決まった仕様に従ってシステムを作るだけ。黙々とプログラムを書いていただけだ。 だが、本当の事を言ってもつまらないと思った。 ―ちょっとくらい話を盛ったところで、罰はあたるまい。
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