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「んじゃ、やるか。書は、決めてるのか?」
「うん。これなんだけど」
「お、白楽天を書くのか。この詩は俺も好きだぞ」
差し出したお手本の詩を見せると、無表情だったいっちゃんの目元が、ほんの少し緩んだ。
うん。いっちゃんが白楽天を好きなこと、チカ知ってるよ。
それから、今のチカと同じ年の時に、この書で都の賞を取ったことも。
いっちゃんがすごい人だってこと、ちゃんと知ってる。
だから、チカもこの書でいっちゃんに近づきたいの。
「あのね。この『憶』の字のバランスが難しくて……」
「まずは、書いてみろよ」
「うん」
『書いてみろ』と言われて筆を手にしたものの、緊張で指先に力が入ってるのが分かる。
いつも、こうだ。いっちゃんにじっと見られてると思うと、身体が強張っちゃう。
「――チカ」
――ぴくんっ
突然、手首を掴まれて、顔を覗きこまれた。
「力みすぎ。手首の力、抜け」
低い艶声とともに、背中にいっちゃんの手が触れた。
そのまま、ゆっくりと上下に撫でられ、いっちゃんの手から伝わる温もりが背中全体に広がっていく。
「どうだ? 落ち着いたか?」
「……うん、大丈夫」
ほんとは、大丈夫じゃない。
色気たっぷりのエロボイスで優しく囁くの、やめてほしい!
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