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「まあいいじゃないか。ウチ寄ってくか?」 「アア、いやいいわ。夏期講習でわかんなかったトコがまだ残ってるんだ。羅生門とか」  一つ、ズレた。今迄となんら変わりない会話。態度。去年も一昨年も話した内容。たった3年だが、当たり前となるには充分な3年だった。  だが初めて返答が違った。 「受験、ヤバいのか」 「成績残せないような凡人はな。オレもエスカレーターの学校行っときゃ良かった」  受験生とそうでない者、それはそれまで絶対的に平等だった学生達を初めて明確に分かつ線引きだ。人は違う。何故そんな当たり前に残酷な事を、こんな時期になるまで学校は教えてくれなかったのだろうと呪った。  扇型のゴミが空を舞う。 「……別々の道を行く、てヤツか」 「オオゲサな!どうせいつものツレで同じトコ行く方が少ねえだろ。小中と多かれ少なかれ経験してきた事さ」  裂けたあのイチョウもかつては丈夫な緑をたたえ、樹の命を支えていたのだろう。クシャリと潰れ、割れたハート型となって道へ消えた。 「カップルはよくあんなもの眺められるな」 「ホワッツ?何が」  細くやせ細った街路樹。春先の工事を過ぎて、もう紅葉を迎えることなく落ちるであろうとは想像していた。本当ならこれから色を変えるはずだった。 「あ、わかった!あの葉っぱまるで失恋マークじゃん」 「だろ?」  強くなった風の中、自らの体温を保ちながら無意味に声を発し合う。これを雑談と言うには少し違う気がした。 「さっき羅生門って言ってたな、芥川龍之介か」 「そーそー、あのI love you.を変な訳した人。なんだっけ?」 「さあ?忘れた」  本当は恋人とこの季節を一緒にいたかった。中学から一緒に帰った頃と同じ風が吹く。 「まだ引きずってんの?彼女いないのをさ」 「ふん。まさか」  近づいてくる歩道橋。頬を撫でる涼風。道に重なった落葉。隣を歩く悪友。すべてがあの夏と違うのに、すべて何も変わらない。  もう彼女がどうなっているのかも知らない。とっくに彼氏を作って、もう長く続いているかもしれない。フッた自分の事に想いを馳せてくれているかもしれない。もしそうならば、まだ救われる気がした。だが所詮は思い出の中であり、聞く勇気もない。  時間が過ぎていく。彼女と過ごした日々が遠く色褪せていく。離れていく故郷のように、列車に運ばれていくように。
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