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顔にかかる雫で、意識を取り戻した。
彼女が泣いていた。
狐の仮面はなくなってしまったけれど、彼女だということはすぐにわかった。
その涙があまりにも悲しくて、どうしてそんな涙を流しているのかもわからないままに彼女の頬を撫でた。
彼女の身体がびくりと震える。
「………ありがとう」
「――――――ぁ」
彼女の目が見開かれる。そして慌てたように立ち上がった。
「いてっ」
急に彼女が立ち上がるもんだから、俺の頭は重力に引かれて地面に不時着する。ゴツン、と硬い音がして、彼女が立ち上がったまま狼狽した。
そこで初めて、辺りを見渡した。俺のいる周辺だけ切り取られたように土砂がない。まるで井戸の底に落ちてしまったかのような錯覚を覚えた。
これを―――。
―――彼女がやった?
「………………」
呆然とする。
奇術じゃない。タネも仕掛けもない。本物の、魔法のような力。それを目の当たりにさせられて、俺は思わず言葉を失った。口をあんぐりと開けて辺りを見渡すことしかできない。
その視界に、彼女が映った。
彼女は顔を伏せており、体は小刻みに震えている。それが恐怖から来ることに理解が追いつくのに時間はかからなかった。
なんて言葉をかければいいのだろう。
どう言えば、彼女に届くのだろう。
それを考える前に、彼女は走り去ろうと背を向けてしまった。
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