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わ、笑っちゃダメだ。
自分でも肩が揺れているのがわかるし、口の端からは「ぶふっ」という音も漏れている。
しかし、まだ声ではない。
笑い声を上げるのはルール違反だ。
彼女はむくり、と振り子のように元の姿勢に戻った。恐ろしく静かだ。声が無くともわかる情報というのは多い。彼女は本気でお怒りだ。これ以上の脅かし合いはなし、と無言で訴えてくる。
俺の父親は奇術師をやっていた。世界中を回るような大法螺吹き。派手に大爆発してこの世から消えてしまったペテン師。その父親から残されたものは多くはなく、タネも仕掛けもある魔法の技と、そして数多くのタネや仕掛けだけだった。母親は毎日のように嘆いていたし、クラスでも片親である俺を腫れ物のように扱っていた。
今の炎もちょっとしたトリックだ。
特殊な粉末を閉じ込めたカプセルを線香の途中に置いておく。火種がカプセルのところまでくればカプセルが熱によって破壊され、中の粉末が飛び出し、それに引火。冷炎と呼ばれる熱くない炎が完成する。
俺と彼女は毎年のように、お互いにタネも仕掛けもある奇術を見せ合って、互いを魅せ合う。
彼女をちらりと窺うと、静かに怒気を漂わせながら乱れた浴衣を着付け直していた。去年は着付けられずに途方に暮れて中の下着を晒していたのに、今年はしっかりと対処法を学んできていたようだ。一抹の残念さと、同量の安堵が訪れる。彼女の下着姿を拝めるのは嬉しいが、ほかの男に彼女のあられもない姿を見せるのはなんだか癪に障った。万が一に備えて上着を持ってきていたけれど、どうにも必要がなかったらしい。
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