第1章

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「お待たせいたしました」 息も整った香凛はうやうやしく専務の部屋に珈琲を運ぶ。 「森山くん、こちらは次のプロジェクトでご一緒するハンガリーの伯爵で…」 続けようとする坂上専務をそのハンガリーの伯爵が遮る。 「私はハンガリーよりも母の国の日本が好きです。紅扇流架です」 立ち上がって挨拶をするその姿にすっかり見とれてしまった香凛はあわてて、まさにぴょこん!と音がしそうに頭を下げた。 「先程は失礼致しました。森山香凛です。坂上の秘書をさせて頂いております」 「彼女、可愛ですね」 銀髪碧眼の訪問者が笑いながら坂上専務に言った。 「可愛し、仕事ができないわけじゃないんですがどこか抜けているんですよ。今日のあなたのご訪問を伝え忘れていたように」 可笑しそうに坂上専務が笑う。 「まったく直前の予定が外でなくて良かった」 「香凛」 専務はファーストネームでは呼ばない。 …と、言うことは今、自分を呼んだのは銀髪碧眼のハンガリーだったかの伯爵、と言う事になる。 「は、はいっ!」 「元気がいいですね」 まるで子供を褒めるように訪問者がわらった。 「坂上さん、この子を私が日本にいる間の秘書に貸して下さい」 「構いませんが…さほど使えませんよ?なにせ…おっちょこちょいですから」 当惑したように坂上専務がやんわりと断る。 「大丈夫、私は自分の予定は自分ですべて把握しています。秘書がいる、と言う体裁の為に仕事に同行して欲しいんです」 「そういう事なら…」 うそ!? 勝手に話が進みそうな勢いにあわてて香凛が首を振る。 「わたくしでは役不足です!」 「大丈夫ですよ。それに日本語の使い方、間違っています。それじゃ、私の秘書ではあなたはもったいない、と言う事になります」 「森山…」 専務が呆れた顔をした。 「では、決まりですね。出勤はここに。私が毎日迎えに来ます。朝10時から私の仕事、と言う事で」 一方的に決める銀髪碧眼に坂上専務があ、ちょっと、と言うように口を挟んだ。 「彼女、半年後に同僚と結婚の予定なので夜はあまり残業はできません」 ヒュー、と銀髪碧眼が冷やかした。 「それならなおのこと、急がなければ!今から私の秘書です。借りていきますね」 有無を言わせず坂上専務の前から香凛をかっさらって行った。
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