第1章

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「あ、あのぅ…」 ロールスロイスのリムジンの、赤いビロードの様な手触りの皮張りシートは座り心地は良かったが、居心地は悪かった。 コの字に配されたシートの前には大理石のテーブル。 その上にローゼのドンペリとバカラのシャンパングラスが何客か乗っていた。 結婚式の準備であれこれ見て回っている香凛はそれらが安価な物ではない、と分かっていた。 「あの、紅扇さま…」 名前を覚えるのは得意なので助かった。 赤、と言うよりは深紅の薔薇の様なシートの上に長い手足をもてあましぎみに組んでいる銀髪碧眼はため息が出るほど美形だった。 肩にかかる銀髪はおそらくは天然のゆるいウェーブがかかり、高い鼻梁は線で引いたように真っ直ぐだった。 そして…瞳は深い深い碧。まるでエメラルドを嵌め込んだ様な瞳だった。 「かりん…」 わざと外国人の様な発音で銀髪碧眼が香凛を呼んだ。 彼の日本語によどみはない。 外見を見ずに声だけ聞いたらこの容姿は浮かばない。 「はい、紅扇さま?」 こうなったら仕方ない。 会社に恥をかかせない様にしっかりとこの銀髪碧眼の秘書をつとめるしかない。 「ノン、ノン。るか、です。流架」 くすっと笑って唇の前で人差し指を振る。 「いえ、上司をファーストネームでは呼べません」 きっぱりと香凛は言った。 「シャンパン、ついでもらえませんか?」 それには特に何も言わず銀髪碧眼はテーブルの上を指した。 「かしこまりました」 とは言ったものの、シャンパンの詮が…抜けない?… 一人で悪戦苦闘していると気付いた銀髪碧眼がさっ、と香凛からボトルをとりいとも簡単にあけた。 透明なピンク色のスパークリングを一客何万もするグラスに注ぎながら 「香凛もどう?」 と、女の子なら目眩がするほどの極上の微笑みで聞いた。 「あ、わたくしは結構です」 「シャンパン嫌い?」 「って、言うか…アルコール合わないんです。気絶しちゃう」 恥ずかしそうに笑った。 同僚との宴席などで少なからず嫌な思いをしている。 なにせ乾杯のビールでさえ気を失ってしまう… 自分で注いだシャンパンを口に含みながら銀髪碧眼がくすっとわらった。 「本当に?」 「はい」 「じゃ、試してみよう」 いたずらっぽく笑うとその長い手足からは想像もつかない俊敏さで香凛を腕の中に抱え込んだ。 「く、くれ…」
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