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ベランダの柵に寄り掛かり、地面に向かって左腕をだらりと垂らした。
もしもこの柵が壊れたら落ちて死ぬのかな、なんて考えながら右手の指の間に挟んだ煙草を口から離す。
吐き出した白煙は冷気を孕んだ重たい風に乗って流れていった。
不意に、風下にいた男がククッと喉を鳴らした。
「思い出し笑いするなんてスケベだって証だぞ、浅野」
「違いますよ。まあ、スケベってところは否定できねえ」
隣室に住む浅野は今日は会社から直接俺の部屋を訪れたらしい。
どうせ隣なのだから部屋着に着替えてからくればいいのに、と実は毎回思っていたりする。
フィルターを噛みながら横にいる浅野に目を向けると、長い腕がいきなり伸びてきた。
なんだよ、と言う前に煙草は唇の間から抜き取られてしまった。
「その噛み癖どうにかならないもんですか」
煙草だけじゃなく、銜えたものをしつこく噛んでしまう癖が俺にはある。
おかげで紙パックの飲み物を飲むと、そのストローはいつもボロボロだ。
それを見た浅野に『ガキみてえですね』とイマイチ敬いきれていない敬語で何度笑われたことか。
「どうせ俺は27にもなってガキの癖が抜けてませんよ」
「ガキは煙草のフィルター噛みません」
「ああ腹立つな、もう。にやにやすんな。だいたい俺が何噛んでもお前には関係ない」
「関係ない、ねえ」
そう言いながら顔を近づけてくる。
「下唇がまだヒリヒリしてる、一体誰のせいでしょうね」
からかうような視線を向けられて、ついと顔を背けた。
それを言われてしまうと何も言い返せない。
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