始まり

2/2
679人が本棚に入れています
本棚に追加
/169ページ
ここは閑静な住宅街の一角にある、ごく普通の一軒家。 その家からは、まだ産まれたばかりの赤ん坊の泣き声が聞こえている。 「んぎゃんぎゃ」 しんと静まり返る夜半過ぎ、まだ起きていた赤ん坊の母親は、我が子の夜泣きに気が付き、赤ん坊の眠る部屋に足を踏み入れ電気のスイッチに手をかけた。 「きゃー!何してるの!?いやぁ止めてー!!」 明かりの点いた部屋の窓は開いており、秋の冷たい風が吹き込みカーテンを揺らしている。 そして、赤ん坊の眠るベビーベッドの傍には見知った男が赤ん坊に手を伸ばして立っていた。 その手からは血が流れ落ち、赤ん坊の口を赤く濡らしている。 母親の悲鳴を聞き付けた父親が部屋に駆け込むと、長い前髪から覗く右目を怪しく光らせ、ニヤリと上げた口角を隠しもせずに男は笑う。 「君にはがっかりだよ」 独り言のように呟かれた男の言葉は、誰の耳にも届かない。 その夜、夫婦は遺体となって隣家に住む父親の両親によって発見された。 唯一の証人は、まだ産まれたばかりの赤ん坊ただ一人。 犯人に繋がる証拠は一切残されておらず、事件は迷宮入りになった。 この日は、真っ赤な月が出ている夜だった。
/169ページ

最初のコメントを投稿しよう!