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「よう、浩介」
「…ちっ」
変わらない午後を過ごして、部屋でくつろぎ、夕食時から少しずれた時間に寮にある食堂に来れば最悪が待っていた。
偶然なんてある訳ないだろ、ワザとだ。というような笑みを浮かべる一宮龍が目の前に居る。
周りのざわめきは様々だ。
女がいない時点で可愛い声なんざ聞こえないけどな。
「邪魔」
「つれねぇな。誘いに来たのによ」
「そんなの頼んでねぇし」
誰が一緒に食うかよ。
そうまた思いながら舌打ちをする。
一宮から目を反らした時、視線の先に見えた人物と目が合う。
不安そうにこちらを見つめる真百合だ。
席を取って置いてくれていたはずだが、騒ぎと俺の遅さに心配したんだろう。
じりっと、真百合の足が動こうとした時、俺は軽く首を振った。
一宮を馬鹿にしているように周りは見えただろう。批難の声が聞こえる。だが、幼馴染は周りがちゃんと見えている。
俺の拒絶はなんの事なのか理解をしてくれている。
「…―――なぁ、浩介」
高い身長を屈ませ、俺の耳元に顔を寄せる一宮龍に悲鳴が上がる。羨ましいだの、ムカつくだの、穢れるだの、またしても様々な言葉が飛び交う。
耳を塞ぎたくなるくらい。
けれど、そんな事どうでもよかった。
耳元でこいつが俺に囁く。
俺にしか聞こえない声で。けれど、悲鳴に掻き消されない声で。
「言う事聞かねぇと、大事なもんどうなっても知らねぇぞ」
これは脅しだ。
そう理解して睨むが、今この場で俺の大事な物と言えば真百合しかいない。
大切な親友。大切な友達。大切な理解者。
「真百合に手ェだすんじゃねぇ。クソ野郎」
「ふん。なら来いよ」
守りたいもの。失いたくない物。
「浩介」と、悲鳴の中微かに聞こえた。
でも、視線を一瞬合わせただけで、俺は一宮龍に付いていく。
一般生徒が立ち入る事を許されない聖域へ。
役員特別席。
食堂を一望でき、尚且つ、邪魔が入らないスペース。
「てめぇ、何考えてやがる」
「別に。お前は俺のだって言ってんだろ。逆らうな」
この兄弟は。
どこまでも俺をモノとして扱う。
俺を所有物にする。
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