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「環さん・・・」
囁く彼の、掠れた声。
昼下がりの編集室で、相方のカメラマンの祐輔くんが呟いた。
「どうして近付いてくるの?」
追い詰められたわたしは、デスクに仰け反るように後ろに手を着く。
その両脇に、囲う様に手を着いて。
ゆっくりと、顔を近付けてきた。
「祐輔くん、ち、近い!」
「近付いてますからね」
黒縁メガネの奥の、凪いだ海のように静かな瞳がわたしを捉える。
少し首を傾けた彼が、徐々にわたしに覆いかぶさって。
その瞳に掛る前髪が、わたしの額をくすぐった。
(あ。お陽さまの匂いだ)
彼の香りが分かる距離までに近付かれ。
破裂しそうな心臓の音を感じながら、思わずギュッと目を瞑る。
「・・・?」
しばらく待ってみても、予想していた感触は訪れず。
「資料、借りますよ」
机の雑誌をわたし越しに手に取って、クスッと耳元で笑うと。
彼のぬくもりは離れていった。
「すみません、期待させました?」
「し、してないわよ!」
からかわれた悔しさで、言い返すけれど。
「環さん」
甘く響く彼の声には抗えない。
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