イジメ

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「はいはい」 我が子を守るような必死さに、美羽はあっさりとスマホを持ち主へと返した。ただし、マタドールが牛をかわすように、晴香に長い足を引っ掛けた。 「うぐっ」 転んだ拍子に、床で胸を打ち、晴香の肺から息が漏れ出た。カエルみたいで、我ながら情けなかった。痛みよりその無様なうめき声に晴香は泣きたくなる。 美羽は、そんな晴香をゴミでも見るかのような目で見下ろして、 「いらねえよ、こんなきったねぇの」 吐き捨てた。スマホはあっさりと放られ、晴香の貧弱な胸へ落ちる。いくらスマートホンとは言え、中身は電子部品の塊だ。外側は大きなビルを支えることもできる頑強なアルミニウム。咄嗟に彼女は転がって身をかわした。 ゴツン と音が響く。彼女はそれを耳ではなく心臓で聞いた気がした。安くなってきたとはいえ、晴香の小遣いではスマホなんてとても手が届かない。 それは決して裕福ではないのに父親が「今時、携帯だったら友達と付き合うのも大変だろう」と買い与えてくれたものだった。 それが、晴香にとって値段以上に大事なものが、道端の空き缶のように床に転がってた。 自分の心よりも大事なものを傷付けられ、カっと視界が赤く染まった気がした。 もし、人を殺せるアプリがあったのなら! 呆然とする晴香の脇で、意図せぬ衝撃を受けた精密機械が、その画面を赤く光らせていた。 落ちた拍子に何か変なボタンを押してしまったのかもしれない。 スマホは画面を赤黒く変色させて、佇んでいた。まるで血だまりのように。
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