壱 電視の憂い

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 戯けが着けた侭であった上衣の懐より何某(なにがし)かを取り出す──手枷(てかせ)。何故に然様(さよう)なものを……ははあ、承知。此の戯けめは責め苛む類の色を好む淫奔(いんぽん)であるか。と其のとき、淫売の膝小僧右前に転げている、花形のこぢんまりした鋳物を吾輩は認めた。旭日(きょくじつ)に菊をあしらった記章──秋霜烈日。此の者、司直の官吏か。 「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反。これ、逮捕容疑。俗にいう風営法ってやつね。わかるかな? マイちゃん。ちなみに現行犯逮捕♪」  交接の態其の侭、凜々しくも厳めしい面持ちを保つ戯け──もとい、司直の者。風の間に、どどっと人が雪崩れこんでくる。 「マイ、蓄膿症だからわかんな~い」  情熱的な腰使いを続けながら嗚咽する鼻詰まりの淫売。斯様な生業(なりわい)で暮らしを立てておるなら淫売、否、まいとやら。鼻腔の手入れだけは怠ってはならん。其れが利かぬと忽ち斯様な目に遭う。饒舌もまた、やってはならん。  組み敷かれた体から伸びる手が捜査員らを制止する。魂の救済が済むまで待たれい──某の。 「ああっ、マイいっちゃう。でもタイホいやーっ」  ものいえば唇寒し。安普請の壁を宵の秋風が小刻みに叩く。
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