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弐 こっとん慕情
契りの間──夜半。
隣室が騒がしいやうですが、其れは僕の与り知るところではありません。僕は僕です。白くてやはらか。そして温か。
游子と侘助がゐます。きっと游子は若くて美しいはずです。然し入室より半刻、二人はじっと動きません。初ひの晩でせうか。
麗しい調べが耳朶を擽ります。然しすぴいかあの工合が芳しくないやうです。気に留めないでおきませうか。今度は温順で心地好い歌声が聴こへてきました。室が瑞々しい膜に包まれてゐきます。游子と侘助もつひに体を動かしました。くちづけを交わしてゐます。長い、長い、くちづけです。昨日から今日にもなりました。満天下にて隈なく刻まれた了と初めの壱分は、そっくり二人のものでした。
游子と僕の肌が擦れ合ってゐます。貌、首筋、乳房、背中、臀部、四肢。其れから秘やかな窪み。どこもかしこも濡れてゐます。游子の体からゐづる汁液は僕が嘗め取って差しあげませう。
綺麗にしたばかりの游子を侘助が穢してゐます。游子の窪みを不浄なもので突いてゐます。然し游子はじっとして動きません。口も利きません。身振りをしたり、また言葉のやうなものを発してゐたりするのは侘助だけです。
游子は事切れてしまったのでせうか。侘助に殺められてしまったのでせうか。ゐゝえ、さうではありません。游子は終いの晩を心に沁ませてゐるのです。
二人が召しものを着けてゐきます。僕はゐつものやうに白くてやはらかです。たゞ、ほんの少し寒うござひます。
侘助が何かを云ひました。月の裏で会いませう。游子は裏腹を思ひました。月の御前で袖別れ。侘助さん、月の背は虚ろです。游子さん、迦具夜の兎を慰みに。
ゐまはとて。欠けゆく月は立待ち居待ち。秋の契りは泡に同じ。僕にはものが見へません。あなたを包むことしか僕にはできないのです。
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