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あの日――。
それはふとした広喜さんの提案から始まった。
「あのな、退院してからちょっと落ち着いたし、晶也さんたちを招いて御礼に食事会でもしたいんだけど」
数日前にそう言われて、ささやかな快気祝の会の用意をしていた。
「いいですね。あのふたりプロですからちょっと恥ずかしいですけど、俺料理がんばっちゃいますよ」
「まあ、俺も作らないだけでつくれないわけじゃないからね。手伝うよ」
「そうなんですよね……広喜さんて結構なんでもできるからちょっと悔しいです」
「まあひがむな。ブッキーくん」
お招きしたのは晶也さんと響さん。こちらもウチと一緒で男性同士のカップルだ。
晶也さんは広喜さんの古くからの知り合いであり、友人である。背がすごく高くてガッシリしてるのでぱっと見は格闘家のようだ。もしこの人を知らないときにエレベーターで一緒になったら俺は絶対に目を合わせないだろう。そんな感じの人である。年は広喜さんより晶也さんのほうが少し上だそうだ。そして広喜さん曰く、そのジャンルの人には大層持てるらしいのに、よりによってノンケの男の子とまとまっちゃったもんだから、その界隈でちょっとした騒ぎになったらしい。
晶也さんと響さんは揃ってプロの洋菓子職人で、数年前晶也さんが独立して洋菓子店を開店し、以前は後輩で現在は恋人である響さんと一緒に店を営業している。
ふたりは現在一緒に住んでいて、公私共にパートナーだ。そんなふたりを見ていると俺もいつかそうやって広喜さんを支えていけたらいいなといつも思う。
つまりは目標にしたい憧れのふたりだった。
「いらっしゃい」
「退院、おめでとうございます」
「いやなんか、お騒がせしてしまってすみませんでした」
そんなやりとりをしながら部屋に上がってもらった。ふたりはケーキを持ってきてくださったのだけど、それはもう凄いケーキで……。
ガトーショコラがベースなんだけど、その上の飾りが芸術的だった。チョコレートと飴の細工で、飛ぶ鳥を表現したというそれは、ものすごく立体的で触れるのが怖いくらいだった。
味はもちろんとても美味しくて、やはり晶也さんの作るお菓子はベーシックなケーキも独創的なケーキもすばらしいなと感心する。
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