第三章

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「お前の伝令は、間に合わなかった……わかったな」  伝令の隊士が、暗殺を命じられていた他の隊士さえ、サッと顔色を変えた。  冬の外気より冷たい凍鉄が、風を切る。 「……ッ奸賊ばら!」   凶刃にしっかり反応した伊東に刀を抜かれながらも、酔った相手に負けることができる“人斬り・鍬次郎”ではない。  紅く染まった白磁の肌が、暗く冷たい地面に色を加える。 「そんなに、僕に斬られたい?」  近藤局長の意を無視した大石に、かつて度々手合わせをせがまれていた沖田が囁いた言葉だった。  他の幹部隊士と共に伊東の死を聞いた土方は、間髪入れず次の策を練った。 「油小路に晒せ」  いや、大石の残忍さを熟知し、用意をしていたのかもしれないと、自らのそれを強調して意識する。  鬼になれ。  そう言い聞かせなければ副長の顔を保てない。 「歳!」  死体を餌に御陵衞士を(おび)き寄せて一網打尽にしようする鬼副長を、これも土方の筋書通りに局長は止める。  近藤は……この組織の頂点は、隊士に恨まれては、怖れられてはならない。 「伊東を(うしな)った高台寺党は、必ず新撰組に報復する」  彼等の伊東への忠義は凄まじい。 ひょっとすると近藤への、土方や沖田の気持ちと等しいくらいに。  高台寺党と一戦交えるのは、永倉と原田の隊。  勿論この人選は、腕は当然だが、こういう時に逃げも隠れもしない、必ず油小路に現れるだろう藤堂を何とか救う機転の利く、そして何より特別よくツルんでいた者をと選んだ。  土方は隊士に、すぐに役人に届けるようにと命じた。  伊東が“何者か”に斬られ、その遺骸が油小路に倒れたままだから引き取りに来てほしいとの、藤堂にとっては悪い予感的中の報せが月真院に飛び込んだ。 「……新撰組だ……!」 「時勢を知らぬ成り上がりが!」 「クソッ……すぐに先生をお連れするぞ!」  嗚咽混じりの悪態を口々に吐き出して、一斉に立ち上がった。服部武雄と藤堂を除いて。 「待て! これは罠だ!」  服部も遅れて立ち上がる。しかし止める為だ。  そうこれは土方が、御陵衛士らが勘付き、それでもかかるだろうとまで計算した罠だ。 「伊東さんを晒して置けと言うのか? ふざけるな!」 「上等ではないか! (あだ)討ち合戦だ!」
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