170人が本棚に入れています
本棚に追加
/356ページ
言うより早くもう襖を開けているところへ、ちょうど他の隊士が通りかかったらしい。
「土方副長! もう帰られるんですか?」
「おう。こんなくそガキ、抱く気にもなんねぇ」
今度は背中目掛けて枕を投げ付けてやった音が鈍く響く。
「いってぇっつーの!」
こんな二重人格男、大ッ嫌い!
「ただいまぁ」
女将の部屋に入ると、すごく心配そうな顔で迎えられた。
「あんた、壬生狼の副長はんに呼ばれはったんやて?」
「お母さん、うちの名前な……」
あのひとの話はやめてと、思いながらすぐに話を変える。
「……忘れとった! 堪忍なぁ」
やっぱり、わたしを逃がす気だったんだ、きっと。
「ええの。うちは“月野”で芸妓やるし」
「あんた本気で言うてんの? ……ええわ、あんたの好きにしぃ。言葉もやっと直ったしな」
芸妓になった日の夜が更けていく。
生涯忘れない、忘れられない出逢いの日。
永遠に魅了して止まない愛しい人の面影は、わたしの人生で、消えない光を灯し続ける。
第一章 了
最初のコメントを投稿しよう!