第二章

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「痛……っ」  びくっとして髪から放した指を見ると、少し深目に引っかき傷が付いている。じんわりと、血が滲むのを総司は唇に含んだ。 「あ……さっきの子猫に……あの、わたしに結わせてください」  思わず、言ってしまった。こんなの絶対に困った顔をされる、と半分後悔したが、総司は笑顔で、 「お願いします」 と、背を向けた。  見た目よりもずっとさらさらとした髪の毛に触れると、思ったよりもずっと胸が鳴った。髪に通す指先が、脈を打つように熱い。 「これで……結ってもいいですか?」 「え?」  振り向くと、まとめかけていた髪の毛が少しはらりと落ちる。 「あ……ごめんなさい」  そう言って、またすぐに顔を戻した。 「綺麗です……紫の結紐ですね。ありがとうございます」  明るい声が嬉しかった。いつも元気で優しいと感じているのに、何故か紫が似合う気がして選んだ。 「あの時の、お薬のお礼です」  本当は喜んで欲しいだけ……というよりも、何か身に付けてもらえるものをあげたかった。 「ああ……! どうです? 効きましたか? あの薬」 「はい。でも、すっごく苦かったです!」  総司は腹を抱えながら笑い出した。  この日……別れ際に総司は、またと言った。特別会う約束などしないのに、何故かまた会えると信じられた。  夕方になるとまだ肌寒く、渡り廊下を通ると、少し火照った頬に気持ちの良い風が当たる。帰ってから急いで支度をし、土方が待つ部屋の襖を開けた。 「逢いたかった、月野」 「おおきに。……その言葉、何人のおなごはんに言わはるんですか」  いつも通り澄ました顔で澄ました科白を言われると、ついこんな返事をしてしまう。  どうしてこのかたに会うと、いつもよりもっと可愛い気がなくなってしまうのだろう。  こんな新人にせっかく付いてくれたお客様なのだから愛想良くすればいいのにとわかっていても、土方にはできないのが不思議だった。 「相変わらずのムカつくガキだな」 「……っわたしだって! 天女みたいだって褒められたんですから!」  溜息混じりに言われた言葉にかっとなって、つい声を大きくした。  総司に言われたことをもう一度自分の口で言うと途端に恥ずかしくなり、顔が赤くなっていくのを感じた。
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