第二章

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「はぁ? 天女だぁ? どこの気障野郎に言われたんだ」  俺でも言わねぇぞ、と土方は苦々しく片眉を上げる。 「キザだなんて……そんなことありません!」  何、顔真っ赤にしてんだよ。  ムキになって庇う月野に、イラついている自分がいる。  その野郎が気にいらねぇ。  なんで……こんなイラつくんだ。  土方は、月野を残して部屋を出た。 「あ……っ土方さまっ」  席を立った時、珍しくしおらしい声で呼び止められたが応える余裕が無かった。  ……余裕が無ぇ……? 自分が……自分じゃないみてぇだ。 「便所」  短く返し襖を閉めた。  何マジにムカついてんだよ……。ありえねぇ。  まさか……妬いている?  二人の心中に同じ疑問が湧いた。  でも、土方さまがどうして……。  月野にはそれすらわからない。  こういう時、他の芸妓達なら追い縋るのだろう。十綾天神なら。  考えて、もう少し考えていたなら、普通の芸妓みたいに可愛らしく追い掛けたかもしれない。でも月野の心は土方の羽織の懐にちらりと見える、手帳に移ってしまった。席を立つ直前に無造作に脱いで、几帳面な土方に珍しくそのままドサリと置いて行ったものだ。  そもそもこういう時にすぐに追い掛けずに、どうしようか考え込むのが可愛くないと、開き直りもした。  好奇心に呆れながらも、気になって仕様が無い。  ……ごめんなさいっ!  もう少しだけ覗かせて、表紙を見た。 『豊玉発句集』    泣きそうな声だった。  独り、部屋で待つ姿を思うと土方の帰る足は速くなる。気恥ずかしくなり、 何食わぬ風で部屋に戻った。  ……げっ! なに見てんだよっ?  月野は土方の句帳を開いていた。  土方は密かな趣味で句を詠む。だが褒められたことなど一度もない。沖田などは詠んでいると決まって邪魔しに来て、出来上がった句を見ては涙を流して笑い転げる。  まだ江戸に居た頃の句を集めたのが、今、土方が入って来たのにも気付かずに熱中している句集だ。 「おい」  勿論、自分が詠んだなどと言えない。どうやって言い繕うか……内心穏やかになれないまま声を掛けた。 「土方さま……この句集……」 「あー、そ、それはだなぁ……」  やべぇ、目が泳ぐ。
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