175人が本棚に入れています
本棚に追加
「はぁ? 天女だぁ? どこの気障野郎に言われたんだ」
俺でも言わねぇぞ、と土方は苦々しく片眉を上げる。
「キザだなんて……そんなことありません!」
何、顔真っ赤にしてんだよ。
ムキになって庇う月野に、イラついている自分がいる。
その野郎が気にいらねぇ。
なんで……こんなイラつくんだ。
土方は、月野を残して部屋を出た。
「あ……っ土方さまっ」
席を立った時、珍しくしおらしい声で呼び止められたが応える余裕が無かった。
……余裕が無ぇ……? 自分が……自分じゃないみてぇだ。
「便所」
短く返し襖を閉めた。
何マジにムカついてんだよ……。ありえねぇ。
まさか……妬いている?
二人の心中に同じ疑問が湧いた。
でも、土方さまがどうして……。
月野にはそれすらわからない。
こういう時、他の芸妓達なら追い縋るのだろう。十綾天神なら。
考えて、もう少し考えていたなら、普通の芸妓みたいに可愛らしく追い掛けたかもしれない。でも月野の心は土方の羽織の懐にちらりと見える、手帳に移ってしまった。席を立つ直前に無造作に脱いで、几帳面な土方に珍しくそのままドサリと置いて行ったものだ。
そもそもこういう時にすぐに追い掛けずに、どうしようか考え込むのが可愛くないと、開き直りもした。
好奇心に呆れながらも、気になって仕様が無い。
……ごめんなさいっ!
もう少しだけ覗かせて、表紙を見た。
『豊玉発句集』
泣きそうな声だった。
独り、部屋で待つ姿を思うと土方の帰る足は速くなる。気恥ずかしくなり、 何食わぬ風で部屋に戻った。
……げっ! なに見てんだよっ?
月野は土方の句帳を開いていた。
土方は密かな趣味で句を詠む。だが褒められたことなど一度もない。沖田などは詠んでいると決まって邪魔しに来て、出来上がった句を見ては涙を流して笑い転げる。
まだ江戸に居た頃の句を集めたのが、今、土方が入って来たのにも気付かずに熱中している句集だ。
「おい」
勿論、自分が詠んだなどと言えない。どうやって言い繕うか……内心穏やかになれないまま声を掛けた。
「土方さま……この句集……」
「あー、そ、それはだなぁ……」
やべぇ、目が泳ぐ。
最初のコメントを投稿しよう!