第二章

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「……あっあの、勝手に見たりしてごめんなさいっ! わたし……すごく、好きです」 「……は?」 「好きです、この句! ……とても……純粋で素朴で……大好き!」  容赦無く真っ直ぐに見つめてくる双瞳を、まともに見ることもできない。瞳に吸い込まれるのが怖くて、目を合わせられない。それぐらい……それぐらいに魅きつけられる。  ……魅きつけられるって……。  土方は青くなる程の意外さを、自分の心に感じた。 「誰が詠んだんですかっ? 土方さまのお知り合いですか?」  突っ立ったままの土方を、また見上げる月野。あれだけ好きとか言われた後では余計に言えやしない。 「気に入ったんならやるよ、それ。俺には良さがわかんねぇし」 「ほっ、本当ですかっ? ありがとうございます!」  女の喜ぶ顔がこんなに嬉しいものなのかと、何度も驚かされる。  月野はまた句帳に目を落として、熱心に読み始めた。  女性のそれの如く流れるような、繊細な文字で綴られる、素直な句。 「“しれば迷ひ しらなければ迷はぬ 恋の道”……かぁ……このかたはきっと恋をしているんですね」 「ちょっ……貸せっ」  慌てて句帳を取り上げ、愛用の携帯筆を出し、丸で囲った。発句の世界では失敗作を意味することは、月野も聞いたことがある。 「あー! 何するんですかぁ!」 「もう句帳の話は終いだ」  怒るのを余所にそう言うと、月野の前で初めて、酒をぐいっと呑み干した。  “春の月”を好んで詠む……作り手の本当の心が現れたような句の数々。月野は事ある毎にこの筆跡を追い、生涯その身から離さなかった。  新体制について、試衛館派だけで話し合いの最中、山南が珍しく素頓狂な声を上げた。廊下まで、平隊士にまで聞こえるだろ、と土方は軽く睨む。 「借金二百両!」  壬生浪士組の隊服を作る為、呉服商・菱屋に二百両もの借金をしたのだ。 「そうまでして、隊服なんて必要なのかなぁ?」  藤堂がポツリと呟く。江戸にいた頃からかわいがられている山南を隣に、気が抜けているらしい。 「……やはり今のままでは、京の民にとってただの田舎浪人だからね。浪士組の宣伝に隊服を利用するのだろう?」  考え直したように平静を取り戻した山南は土方に問いかける。何でもこの男が決めているとでも思っているのか。
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