第二章

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 意外さを以って見詰める間にさっきの門番が息を切らせて追い掛けて来て、女を気にしながら事の次第を説明した。しばらくすると沖田はぺこりと一礼してから言った。 「生憎、芹沢局長は戻りが遅いんですよ。申し訳無いですがまた今度、御足労をお願いしてもよろしいですか?」  呆気に取られた。人斬りの集まりで無法者ばかりだと聞いていた壬生浪に、ここまで丁寧に扱われるとは思いもしなかった。  “沖田先生”には悪いけど、あたしはこの仕事を失敗する訳にはいかない。一銭も取らずにのこのこ帰ったら、妾のあたしは正妻にどんな嫌味を言われるかわからない。  先程の自信万面は潜め、女は呟くように言った。 「このまま帰るなんて、あてはようしいへん」 「……そうですか。では林くん、案内してあげてください」  こうして女は漸く屯所内部に入り込み、広い部屋で芹沢の帰りを待った。  「はぁ……林くん、心配ですねぇ……」 「へっ?」  戻ってきた若い隊士・監察の林信太郎はまだ、妖艶な女の色気に当てられて呆けていた。慌てて、何がでしょうか? と聞き直す。 「……今の女の人ですよ」  もしかして、沖田先生!  いやぁー、平気そうな顔してたけど、実は沖田先生もかぁー。また会えるか心配ですよねー! 「芹沢さんのお好きそうな方でしたからねぇ……。芹沢さん、旦那さんがいる女の人を好きになったりしなきゃいいけど」  双方幼いゆえ、微妙に的外れな心配をする始末。  男として、 ああいう女にクラッとこないのはどうかと思う、などと変な会話さえしていた。  あの人が……あたしを裏切った! 「素人女じゃあるまいし、一人で寄越された意味はわかっておるだろう」  目の前が真っ暗で何も見えないのに、涙が次々と零れた。  泣きながら、芹沢に抱かれた。  それでもまだ、愛されていると信じたかった。  女は江戸の吉原で芸者をしている時に菱屋の主人と出逢い、お互い落ちるように恋をした。商人と言っても芸者を身請けできるような大店(おおだな)の主人……身分が違い過ぎる。  京ことばを覚え商いの勉強をし、皆に認められようと必死だった。菱屋も女を妻にしようと手を尽くしたが結局許されず、家が決めた少女のような若い女を正妻にし、妾に置かれた。
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