第五章

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 目を開けたつもりでも、そのまま。  ああ、わたしの両目、見えなくなったんだ。  でも、これでいい。  二度と光を映さなくても構わない。  あなたが居ない現世(うつしよ)なんて、どうせ真っ暗なのだから。  どこへ行こう。  芸妓になって、太夫に憧れた。  土方さまに身請けしてもらえたら、どんなに幸せだろうと夢見た。  総司さんの病気が治りますように、叶うならわたしはどうなってもいいと願った。  目が見えるようになって医者になって、土方さま達の創った国で暮らしたかった。  すべてなくして、わたしは。  土方の戦死を切っ掛けにしたように、箱館市中で戦った兵士達は圧倒され、(ことごと)く敗走している。  明治二年五月十八日、五稜郭は降伏した。  幕末の終わりだ。  しかしその後も、新撰組の名は賊軍の汚名を着て残っている。  隊長となった相馬主計は、官軍への抗戦責任から京都での“活躍”、果ては坂本龍馬と中岡慎太郎の暗殺まで、執拗な詮議を受けることになった。  この人なら耐え抜いて始末を付けると、見通していたんだろうなぁ……土方さんは。  と、弓継は思う。彼が日本に帰った頃は、廃藩置県に地租改正に徴兵令と、中央集権を目的にした新国家ができていた。  ザンギリ頭で文明開化って……古っ! 俺は六年も前から髷なんか無いよ。生活に文化、猿マネが大好きな官軍さん達はどんどん西洋を取り入れようと頑張ってるみたいだけど、そこから来た俺に言わせればちゃんちゃら可笑しいね。……イジケてても、しょうがないんだけどさ。  会津の医学所に着いても、月野はいなかった。  どこにもいない。  弓継より先に帰っていた松本も当然捜し続けたが、見つからない。 「尼さんにでもなっちまったんじゃねぇか」  松本が似合わない溜息を吐いた。  会いたいな。  藪医者じゃあ埒が開かないから、俺が眼の手術を習ってきたのに。  きっと見えるようにするよ。傷だってちゃんと治すし。  土方さんの辞世の句は、小姓が日野に届けたんだって。  身は朽ちても、魂は江戸の君主をお守りする……でもあなたがこれを目にしたなら、涙を溢してから、それから微笑むんじゃないかな。  たとえ身は  蝦夷の島根に朽ちぬとも  魂は吾妻の  君や守らむ 第五章 了
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