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「梅、俺が本当に愛しているのはお前だけだ」
よくこう言って、慰められながら。
「お前には妾なぞ相応しくない。わしの女になれ」
驚くほど優しげな声で命じる芹沢を突き飛ばした。
さっきまではどんなに抵抗しても動かなかった體から逃れ、お梅は走った。見捨てられた妾には、どこにも行く先など無かった。
十綾が見守る中、女将に天神揚がりをするように言われた。
「無理や! 絶対できひん!」
天神なんて、十綾姉さんの後継なんて務まるわけない。
そう思うのも当然、月野はつい最近見世出ししたばかりで、鹿恋の中では一番下。
先輩芸妓がまだまだ沢山控えているというのに、異例の大抜擢である。
「ええ加減にしいや!」
普段穏やかな十綾にぴしゃりと言われ、身を竦めた。厳しく見据える美しい瞳を見つめ返すと、またいつもの優しい顔に戻った。
「あんた、できひんなんて本気で言うとるん? 周りを見てみい。その目鼻立ち、舞、謡、三味線.......あんたが一番やろ。歳なんて関係あらへん。誰よりできる妓が揚がっていくんは当然や」
「そんな! わたしなんて……」
衣擦れの音が静かに響く。十綾は深く頭を下げた。
「うちの次を任せられるんは、あんただけなんや」
綺麗な、心地よい声がよく通った。
月野の顔を見た早々、土方は明るく言った。
「おう、月野! お前“天神”になるんだってな?」
この男、公私共にとても情報が早い。“私”に置いての理由は、歩く先々で女達が袖を掴んでは、なんでも話してくれるから。そうまでして気を引きたい程に素敵らしいことは、月野も知っていた。
「もうじき天神にしちゃあ、おっ前いつも暇そうだなぁ。俺が呼ぶといつもすぐ来るもんな」
「あなたのせいで、わたしには他のお客様がつかなくなってしまったのですからね!」
そう言って、つんとそっぽを向く。そんな仕草まで愛おしく思う土方は、相当参っている事を否応無く自覚した。
最初は、興味本位だった。
大きな意志の強い瞳は好みの顔だし、一際華やかな舞姿は気に入っていたが……素直で誇り高い内面に触れ、想いが止められなくなった。
月野が暇なのは当然、目論み通りだ。
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