月が照らす野原を

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「雨なのに、わがままを言ってすみません」 「あらあら、雪の日も休まなかったひとが」  毎朝欠かさず裏山に登り、中腹に鎮座する祠堂にお参りしていた。  わたしなんかに不釣り合いな程、身に余る幸せをいただいた人生なのに、まだ神頼み。  神様に呆れられてしまう。  出家したからには欲を捨て去らなければならないのに、この髪も肩まで残してあるのと同じで中途半端、未練が残っている証拠。  緩やかな傾斜だけれど、泥濘に足を取られる。  土方さまと愛宕山に登った日を思うのも、慣れてしまった。その度に、飾り物の両目が濡れるのも。 「まぁ、珍しいこと。あんな若い男の子がお参りなんて」  今日まで、ここで誰かと会うことはなかった。  ひっそりと人に忘れられたような小さな祠だと、勝手に想像してしまっていた。恵泉尼さまに教えてもらった通り、どんな願いも叶えてくれる神様だ、ということしか知らなかったから。 「……手を振っているけれど、お知り合いかしら」 「えっ?」  茂みを擦る足音が近付いてきて、わたしはつい後退りする。 「月野さんっ」  誰なのかとか怖いとか、警戒する間もなかった。  弓継くんだ……。 「……見えないの?」  前より高い所から聞こえるその声は、また少し大人びていた。 「ごめんね? みつけちゃった」  恵泉尼さまに呼ばれるまで、返事をするのも、ただ頷くことさえしていなかった。 「あの、ご、ごめんなさい……わたし……」 「なにが?」  声が近くなった。わたしに合わせて屈んでくれたのかもしれない。 「……いいよ。生きていてくれただけで嬉しいから」  わたし、一人きりだと思っていた。この地上で一人きりだと。  心配はされてしまうかもしれないと思ったけれど、捜してもらえるなんて。  取り残されたまま、前にも進めず、後戻りだってできなかった。  弓継くんも、なぜとは訊かなかった。  久し振りなのだから積もる話もあるでしょう、と恵泉尼さまは一足先に帰ってしまい、わたしは弓継くんに手を引かれて歩いた。  とてもゆっくり歩いてくれているのが伝わった。  弓継くんからは遠い方の肩にも、腕にさえ、ささやかな雫もかからない。涙で濡らすような静かな雨音が、止んでいるわけではないのに。
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