第二章

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 遊郭とは異質で不思議な場所だ。特徴は朝廷が政治を執っていた古代の、貴族の男女の色恋とよく似ている。一回会ってすぐにまた会わないと遊び、ということになり、続けて三回会うと周囲からも恋人同士と見なされる。そうなると、客が他の妓に会おうものなら浮気だと言われる。人気のある芸妓は複数の客を持ち、男の方では互いに取合いになる。それが原因で刃傷沙汰になる事もしょっちゅうだ。  だが、土方が“恋人”についた月野は他の客なんて寄り付く筈が無い。  それは役者風と称される容姿に加え、壬生浪士組副長の肩書きが成せる技である。人斬り集団の中でも鬼と怖れられる男と、妓で争う様な命知らずはいないからだ。  最初は月野があまりに芸妓に向かなそうだと思ったから、こいつには下心の沸かない俺が守っといてやる、ぐらいのつもりだった。好きでもない男に抱かせるのは忍びなかった。  しかし元々、求められるばかりで自らはのめりこもうとしない自分が、女の為に何かしてやろうとか考える時点で心は奪われていたのだと、今更ながらに気が付いた。 「お前みたいな奴、俺んとこにもいてな」  そう始めて、終始、優しげな目で語った。俺んとこ、とは壬生浪士組のことだ。 「人斬りなんて全然向いてねぇ癖に、刀を持てば誰より強え。……一番隊隊長の沖田。知ってるか?」  月野にとって、聞いたことの無い名だった。  芸妓達の口に上る隊士といえば、顔格好の良い者ばかり。まず十番隊隊長・原田は土方とは違う雰囲気の、如何にも男らしい凛々しい容姿で槍の名手。後は女の様に美しいという、楠小十郎、佐々木愛次郎、馬越三郎、馬詰柳太郎、山野八十八の所謂“隊中美男五人衆”。そして最近はめっきり月野の恋人としても有名な土方。 「いや、知らねぇか。あいつはこの界隈には寄り付きもしねぇ野郎だからなぁ。いい歳して困ったもんだぜ」  それを聞いて吹き出した。 「そのかたが島原に通ったりしたら、土方さまは余計に心配で、困るのではありませんか?」  弟を心配するような表情を見せる土方は少し考えて、そうかもなと頷いた。 「似合わねえ仕事の癖に、人一倍上手くやれちまうとことか……似てるよな」  そう言って含み笑いをするので、他にはどこが似ているんですかと訊いたが、秘密と言い張って話を逸らした。
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