第二章

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「ひとつ、士道に背くまじきこと……ひとつ……」 「土方さぁーん、僕ですー」 「って総司! いいって言ってから入れ!」  今書いていた物を咄嗟に隠し振り返ると、碁盤を抱えながら訝しげな顔をする沖田が突っ立っていた。 「もしかして、新作ですかっ? 豊玉宗匠!」 「違ぇよ。始めンならとっとと碁盤を置いたらどうだ。お前のケツもな」  土方が一人で何か書いていたら絶対句作だと思い込んでいる。勝ったら見せろ、と言いながら沖田は腰を降ろした。竹刀胼胝の目立つ掌で顔を仰ぎながら、溜息を吐く。 「京の夏は蒸し暑いですねぇ。この真ッ昼間から幕府の偉い人とお話だなんて、先生は大変だなぁ」 ――ぱち。 「新見さんは近頃見かけないですし、隊士の皆が落ち着きませんねぇ」 ――ぱちっ 「芹沢が女を連れ込んでるからだろ」 ――ぱち。 「ああ、お梅さんですね?」 ――ぱちっ 「図太ぇ女だよなぁ。手籠めにされてからずっと居座ってやがんだから」 ――ぱち。 「……」 ――ぱちっ!  ……何でおめぇが怒んだよ、つか誰に怒ってんだ?  と、思いつつあくまで真面目ぶった顔のまま、土方は次の一手。 ――ぱち。 「……それよりお前。最近、女に惚れたろ?」 「なっ……何、言ってンですかぁっ!」  見るからに狼狽し、顔を真っ赤にする沖田。問い質す気がさらに湧く。 「ガキの頃から風呂嫌いで服装(なり)もだらしなかったお前が、今は……」 「もうっ! それは、僕が大人になったってことですよーう!」  そう口を尖らせる沖田に(とど)めを刺す。 「俺をはぐらかそうとしたって無駄だぜ。……その紫苑の結紐、どうしたんだよ」 「えっ!」  尋問がいよいよ佳境に差し掛かった時、地響きが廊下を打ち鳴らして近付いてきた。 「歳っ! 俺だ!」  吹っ飛ぶ程の勢いで障子が開かれる。 「かっちゃん、あんたもかよ!」 「戦だ! 長州との戦に、俺達壬生浪士組が会津藩の兵として参加できるぞ!」  相変わらず声がでかい。局長近藤勇が、喧嘩前の餓鬼大将の顔に戻っている。だから土方もつい、昔の徒名で呼んでしまう。 「やっと……やっと、大樹公の御役に立てるのだ!」  今度は涙ぐんでいる。 「よかったですね、先生!」  総司の奴、調子を取り戻しちまったじゃねぇか。
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