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「ひとつ、士道に背くまじきこと……ひとつ……」
「土方さぁーん、僕ですー」
「って総司! いいって言ってから入れ!」
今書いていた物を咄嗟に隠し振り返ると、碁盤を抱えながら訝しげな顔をする沖田が突っ立っていた。
「もしかして、新作ですかっ? 豊玉宗匠!」
「違ぇよ。始めンならとっとと碁盤を置いたらどうだ。お前のケツもな」
土方が一人で何か書いていたら絶対句作だと思い込んでいる。勝ったら見せろ、と言いながら沖田は腰を降ろした。竹刀胼胝の目立つ掌で顔を仰ぎながら、溜息を吐く。
「京の夏は蒸し暑いですねぇ。この真ッ昼間から幕府の偉い人とお話だなんて、先生は大変だなぁ」
――ぱち。
「新見さんは近頃見かけないですし、隊士の皆が落ち着きませんねぇ」
――ぱちっ
「芹沢が女を連れ込んでるからだろ」
――ぱち。
「ああ、お梅さんですね?」
――ぱちっ
「図太ぇ女だよなぁ。手籠めにされてからずっと居座ってやがんだから」
――ぱち。
「……」
――ぱちっ!
……何でおめぇが怒んだよ、つか誰に怒ってんだ?
と、思いつつあくまで真面目ぶった顔のまま、土方は次の一手。
――ぱち。
「……それよりお前。最近、女に惚れたろ?」
「なっ……何、言ってンですかぁっ!」
見るからに狼狽し、顔を真っ赤にする沖田。問い質す気がさらに湧く。
「ガキの頃から風呂嫌いで服装もだらしなかったお前が、今は……」
「もうっ! それは、僕が大人になったってことですよーう!」
そう口を尖らせる沖田に止めを刺す。
「俺をはぐらかそうとしたって無駄だぜ。……その紫苑の結紐、どうしたんだよ」
「えっ!」
尋問がいよいよ佳境に差し掛かった時、地響きが廊下を打ち鳴らして近付いてきた。
「歳っ! 俺だ!」
吹っ飛ぶ程の勢いで障子が開かれる。
「かっちゃん、あんたもかよ!」
「戦だ! 長州との戦に、俺達壬生浪士組が会津藩の兵として参加できるぞ!」
相変わらず声がでかい。局長近藤勇が、喧嘩前の餓鬼大将の顔に戻っている。だから土方もつい、昔の徒名で呼んでしまう。
「やっと……やっと、大樹公の御役に立てるのだ!」
今度は涙ぐんでいる。
「よかったですね、先生!」
総司の奴、調子を取り戻しちまったじゃねぇか。
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