第二章

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 土方のみ秘かに舌打ちを響かせながら、武具を揃える為に部屋を出た。その準備中、珍しく真剣な表情(かお)で、沖田がヒソヒソ話し掛ける。 「土方さん、ちょっと」  こいつでも初陣は緊張するもんなのか、と顔を近付けた。 「土方さんこそ、大切な句帳が最近見当たりませんが……どこに行ったのでしょう?」 「るせッ! 無駄口叩いてねぇで支度しろ!」  にやにやしやがってこの野郎。ヤケに勘がいいのは、やっぱガキだからか?  一方で土方は思った。  本気で徳川幕府を心配して、本気で命を賭けて盾になろうとしているかっちゃんこそ、武士では無いか。  農民出だって関係ねぇ。  誠の武士だぜ……。  だが今夜もう一人の“誠の武士”を目にすることになる。普段、飲んだくれてどうしようもないはずの、巨魁局長・芹沢だ。  文久三年八月十八日。  下ろしたての、浅葱地に白くだんだらを染め抜いたぶっ裂き羽織を身に付けた壬生浪士組は御所ヘ急行した。  この隊服は当時から大流行の歌舞伎、『仮名手本忠臣蔵』で赤穂志士四十七士が吉良邸討ち入りを決行する際のだんだら模様の羽織衣装を真似たものだ。そしてその色は武士が切腹を賜る時に付ける(かみしも)、切腹裃の色である浅葱色。つまり赤穂志士の様な忠誠心と、常時命を賭し死ぬ覚悟で幕府にお仕えする、との意気を表している。  死に装束を纏い、刀を振るう。如何にも両局長が好む心意気だ。  土方は、こんな派手さ、野暮ったくて気に入らねぇと漏らしていたが。  後世には“八月十八日の政変”と名を残す今夜、近藤の予想していた様な大合戦にはならなかった。  朝廷政治を攘夷派が牛耳り、京市中では“天誅”と称した殺戮が蔓延していた。その中心である七公卿と長州藩士が、十津川へ落ちる。これは会津藩と薩摩藩が結託し、朝廷の意向にて成し遂げた長州・攘夷強行勢の一掃だった。  壬生浪士組の任務は、七公卿を警護する天誅組、桂小吾郎、坂本龍馬等錚々たる志士が京から引き揚げる際の御所警備だ。 「はじめさぁん、なんかおかしくないですか?」    いつもながら、気配を消すのはやめて欲しい。    元々寄り気味の眉間をさらに縮めながら斎藤は思った。自分とは、正反対だと。
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