第二章

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 後々、大勢の人間を斬っておいて“人斬り”の異名を冠せられなかったのは、この国の歴史上に沖田総司だけだ。誰より……恐らく日本一、人を斬っていてもそう呼ばせない、呼べない何かがこの剣士にはある。  互いに壬生浪士組随一の剣客だが、雰囲気はまるで正反対の二人だ。  見つめる先に目を遣ると、御所の門に立つ会津藩士数十名が不審な輩を見る目でこちらを警戒している。  そこへ先頭の近藤が声を掛けたが、何やら追い返されかけている。 「行きましょう!」  沖田は走り出そうとしたが、事態は思わぬ方向へ動いた。 「会津兵のくせに壬生浪士組を知らんとは。貴様等が偽物ではないのか」  芹沢が、自慢の大鉄扇で肩を叩きながら前に出た。 「何ッ! 無礼な!」  藩士達は一斉に、手持ち槍を向けた。 「大した覚悟も無しにわしに刄を向ける事こそ無礼であろう」  自らに向けられた切っ先を鉄扇で退()かす。 「憶えておくがよい! 尽忠報国の士・芹沢鴨率いる、壬生浪士組! 御花畠迄免り通る!」  大喝一声が響き渡ると、会津藩士は無論隊士も圧倒され、誰一人言葉を発する事もできなかった。会津藩士達が何も言えず立ち往生していると、芹沢はずいと門の方へ進んで行く。そこへ騒ぎを聞き付けた会津藩公用方が門の中から出て来た。 「大変失礼した! こちらの伝達違いであった。面目無い、さぁどうぞ中へ」  こうしてやっとで任務に就いた。  会津兵の(あかし)である黄の襷を頂いても、まだ芹沢は顔を顰めていた。対して近藤は嬉しそうに、だが旧知の土方でさえ見た事も無い様な真剣な面持ちだ。  成る程芹沢の自尊心の高さが伺える。尤も不機嫌だったのは、腹心の新見錦がこの様な日にも姿を見せなかったから、とも推測できる。 土方はひとり、まずいなと空を睨む。これでは会津に、芹沢こそ浪士組の隊長だと印象付けただけだ。近藤がまるで脇役である。 「“大した覚悟も無しに”かぁ……。やっぱり芹沢さんはすごいや」  微笑しながら警備に付く沖田は感心した風を装い、あの対峙する甲斐の有りそうな武士を“いつ斬るか”を狙う剣客だった。土方の思惑を知っているかのように。
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